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vol.118/特集「アメリカン・ダイナー」

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■道行く人を窓の内側から眺めながら、お決まりのビニール張りのボックスシートに深く座って、ひとりコーヒーを啜る。周りを見渡すと、やたら仲間で盛り上がっている席、カウンターで新聞を読み耽る人、黙々と食べているおばあさん、コーヒーカップをジィッと見つめながら泣いている人……。なんだろうこの懐かしさは?やたら時間がゆったり流れている。フレンチにイタリアン、チャイニーズ、ジャパニーズと、一流シェフがこぞって腕を競い合うマンハッタン。そんなグルメぞろいのこの街にも心優しいダイナーはある。アメリカ人にとっての「おふくろの味」が勢ぞろいするお馴染みのメニュー。決してスペシャルではない、ささやかな幸せがアメリカン・ダイナーにはいっぱい詰まっている——。

■労働者のための深夜の屋台がダイナーの始まり
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 ロードアイランド州プロビデンス、ウエストミンスター通りで「ナイトランチワゴン」と呼ばれる屋台が登場したのがダイナーの原型と言われている。ことの始まりは1858年頃、パートタイムの印刷工および写植工として働いていた17歳の青年、ウォルター・スコット(写真左=Copyright © The American Diner Museum=www.dinermuseum.org)が、夜間労働者の多い「The Providence Journal」新聞社の前でサンドイッチとコーヒーをかごに入れて販売していたのがきっかけ。彼は1872年、印刷工を辞め「ナイトランチワゴン」を馬に引かせて新聞社の前で営業するようになった。当時、レストランは夜8時前に閉店する所が大半で、このアイデアは大いに繁盛した。スコットは近所のレストランが閉まるのを見計らって早朝までオールナイトでオープンさせた。しかし、食い逃げも多かったため苦肉の策で「帽子を預かり、代金を貰ったら帽子を返す」というユニークなシステムを実行していたという。さて、マンハッタンで初のランチワゴンが登場したのは1893年で、場所はヘラルドスクエア(34th & 35th Sts. bet. 6th Ave. & B'way)だったという。
 1900年代以降、移動運搬手段も馬から自動車や鉄道へ変わり、ランチワゴンもランチカーと呼ばれるようになった。1920年代には営業時間も24時間に延長、規模も大きくなり「食堂」を意味する「ダイナー」の呼称で人々の間で親しまれるようになり定着。客層にも女性が加わり、従業員にウエイトレスが登場したのもこの頃から。

■映画「アメリカングラフィティー」の世界
 50年代に入ると、ダイナーは黄金期を迎え、全米での店鋪数は5000件に広がった。そう、映画「アメリカングラフィティー」の世界だ。ポニーテールのギャルズやリーゼントでキメたガイたちは、ピカピカの自動車でネオン輝くダイナーへ乗り付け、流行りの音楽にノリながら食事を楽しむ。それが若者のトレンドとなり全米に大ブームを巻き起こした。

■ファストフードのチェーン展開で大打撃
 60年代に入って、マクドナルドを筆頭とするファストフード・ブームが到来し、ダイナーは大打撃を受けることになった。このファストフードはどこのカンパニーも全米にチェーン展開し、すぐに食べられる便利さと大量生産による低価格を謳い文句に、派手な広告を繰り広げて、瞬く間に庶民に広がり、それまでのアメリカ人の食文化をガラリと変えた。ランチカー時代から数々の名作ダイナーを作り、ダイナー文化に貢献したダイナー専門建設会社も軒並み廃業。多くの店鋪はファストフードのチェーン店へと変わっていった。
 静かに迎えた70年代、しかしダイナー文化の火が消えることはなかった。ファストフード店に付いてまわる「マニュアル」などに振り回されることのないダイナーには「人の温もり」が生き続け、それを求めて人々が舞い戻ってきたのである。80年代以降は、さらに核家族化による高齢者の独り暮らしのほか、離婚してひとりで暮らすという生活スタイルが増加。冷めた食事を1人で取ることに飽きた人々が「温かさ」を求めてダイナーを訪れた。また、この時代「50年代の良きアメリカ」をテーマとする映画やTV番組が流行り、食事の場面には必ずダイナーが登場(MOVIE欄=下参照)。
 そう、数か月前には予約を入れないと席が取れないグルメ店や、笑顔だけが空回りする画一的なサービスが売りのハンバーガーチェーンに、人々は疲れ、飽きたのである。普通の生活をしている人が普通の食事ができ、普通の面々が揃い、24時間いつでもウエルカムの食堂「ダイナー」に再び足を運び始めた。ダイナー復活の兆しである。

■ヴィンテージ・ダイナーで見事に復活
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 この復活劇は1988年、ワシントンDCで50年代を再現したダイナー「Jeffrey Gildenhorn's new restaurant」がオープンしたことがきっかけとなった。このヴィンテージ・レトロダイナー(写真上=Copyright © Kullman Industries=www.kullman.com)の建築を請け負ったのはニュージャージー州レバノンにある1927年創業の、老舗コルマン・インダストリー社(Kullman Industries/908-236-0220/www.kullman.com)だ。同社はドイツ移民で創設者のサミュエル・コルマン氏から親子4代に亘って、様々なダイナーを作り続け、現在も数多くの店鋪を手掛けている。また近年は学校、刑務所、シェルターなどの特殊施設のほかコンビニエンスストアやドライブスルー・カフェなどの建築にも力を注いでいるという。
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 そもそもニュージャージー州は別名「ガーデン・ステート」として呼ばれているが、知る人ぞ知る、地元では「ダイナー・ステート」の愛称で親しまれているという。その理由も他州に比べてニュージャージーはダイナー件数が圧倒的に多いことからだそうだ。また、それを立証するかのように、同州のダイナーすべての店鋪を紹介するウエブサイト「New Jersey Diner」(www.njdiners.com/写真上)というものまである。さあ、もうすぐ春ですね。人それぞれの色んな「温もり」を探しに、近郊のダイナーへ出かけませんか?

■NEW YORK CITY DINER DIRECTORY
All Photos/Copyright © Ronald C Saari www.dinercity.comvol.118/特集「アメリカン・ダイナー」_f0055491_5593.jpg
Cheyenne Diner(Paramount/1940's)
411 9th Avenue, New York, NY, 212-465-8750
Empire Diner(Fodero/1946)
210 10th Avenue, New York, NY, 212-243-2736
Market Diner(Kullman/1964)
572 11th Avenue, New York, NY, 212-695-0415
Moondance Diner(?/1930's)
6th Avenue and Canal Street, New York, NY, 212-226-1191
Munson Diner(Kullman/late 1940's)
11th Avenue & 49th Street, New York, NY, 212-246-0964
River Diner(Kullman/early 1930's)
452 11th Avenue & 37th Street, New York, NY, 212-868-1364
Sam Chinita Restaurant(Master/1950)
176 8th Avenue & 19th Street, New York, NY, 212-741-0240
Deerhead Diner(Paramount/1963)
93-13 Astoria Boulevard, Queens (Jackson Heights), NY, 718-639-7416
Jackson Hole Diner(Mountain View #441/1952)
69-35 Astoria Boulevard, Queens, NY, 718-204-7070
New Thompson's Diner(Master/1950)
Queens Boulevard and 32nd Street, Queens (Long Island City), NY, 718-392-0692
Miss Williamsburg Diner(Silk City/?)
206 Kent Avenue, Brooklyn (Williamsburg), NY, 718-963-0802
Relish(Mountain View/1967)
225 Wythe Avenue, Brooklyn (Williamsburg), New York, 718 963 4546
Bluebird Diner(Mountain View #295/1951)
4914 Glenwood Road, Brooklyn (Flatlands), NY=CLOSED
Victory Diner(Kullman/1941)
1781 Richmond Road, Staten Island, NY, 718-667-9628


■MOVIE/Diner
vol.118/特集「アメリカン・ダイナー」_f0055491_3542138.jpg■時は1959年冬、ボルチモアにある1件のダイナーに集う5人の青年の人生や将来の夢を描いた作品。ミッキー・ローク、ケヴィン・ベーコンを始めとする現ハリウッドの中堅どころが、鮮かな演技をみせた1本。舞台は監督・脚本のバリー・レヴィンソンの故郷、ボルチモア、同氏はこの作品で監督デビューとなった。地元ダイナーに集まる若者たちの会話がとても興味深くイキイキと描かれている。製作はジェリー・ワイントローブ。撮影はピーター・ソーヴァ。音楽はハリー・V・ロジュースキー。主な出演はスティーヴ・グッテンバーグ、ダニエル・スターン、ミッキー・ローク、ケヴィン・ベーコン、ティモシー・デイリーなど。82年の公開当時、ギャンブルに熱中する5人の男の姿を描いた「青春グラフィティ」に、誰もが50年代を懐かしみ自身を重ねた(1982年アメリカ/MGM・CIC配給)。

■取材後記vol.118/特集「アメリカン・ダイナー」_f0055491_3433125.jpg ちょっと休憩するために入ったミッドタウンのダイナーで、ホットチョコレートとチョコチップクッキーを頼んだら、こんな信じられない大きさのクッキーが出て来た(写真)。ちなみにホットチョコレートは極々普通のサイズ。う〜ん、まさしく、これがダイナーだ!デカけりゃ、いいってものでもない気がするが、この心意気が嬉しい。アメリカって感じがして笑える。お味の方は、至って素朴なクッキー。ちょっとベーキングパウダーの味が後々口の中に残るが、それも致し方ない。決して美味しいとは言えないが、1人哀しい時、ふと入ったダイナーで、こんなビッグサイズのクッキーが出て来たら、思わず笑顔になれる——。そう、これがダイナーの醍醐味だろう。

2006年3月17日号(vol.118)掲載
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by tocotoco_ny | 2006-03-13 05:14 | 2006年1〜12月号
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