![]() vol.180/表紙「転ばぬ先の★占い」 2008年12月26日号(vol.180)掲載 Copyright © 2000-2008 tocotoco, S.Graphics all rights reserved.
ニューヨークで唯一、風俗情報掲載OKのアート&カルチャー紙「tocotoco」廃刊へ
奇跡的に丸8年も続いた成り立ち&成り行きのウラ側、白状しちゃいマス! ●2000年11月、鳴り物入り?で突如ニューヨークに登場した無料のアート&カルチャー紙「tocotoco」が、180号(12月26日発行)で廃刊になる。 創刊当初は他にフリーペーパーらしきものもなく(あったとしてもマイナー誌)、風俗情報をカバーする類いのモノは皆無であった。 そこへ、スタジオの一室で野郎3名オンナ1名で始まった手作り新聞は「風俗OK!大物インタビュー記事あり、日系ローカル情報あり!」と、欲張りにも何でもアリアリのコミュニティ紙として立ち上げ、マジメに広告営業にも回り、各日系企業や日系人会などにも挨拶に出向いて僅かながらの寄付もさせて貰ったりもした。 ヒッソリと目立たず、周りから顰蹙を買ってヤンヤ叩かれないよう、常に周りの状況を感じ、初心を忘れずを心がけてのスタートだった。 程なくして「ウチ店の広告と風俗店の広告が同じ紙面上に掲載されているのは如何なものか」というクレームが舞い込み、考えた挙げ句、ニューヨークタイムズ紙でもお馴染みだが、セクション別に分けて2部仕立てにしよう、ということで、風俗的な要素の記事&広告と一般記事&広告は分けて扱うことになった。よって8年の間で何年かは「tocotoco & Apple news」という名称で2部仕立てで発行していた時期もあった。 人の入れ替わりも何度となく繰り返されて、五里霧中でカタチを作ろうと必死に模索しながらの発行であったが、ようやくここ2、3年前あたりから特集記事も各コラムも定着して、たった2人で騙し騙し発行しつつ、カタチらしきもが見え始めた矢先の廃刊だ。 残念である。 「こんなクダラネ新聞いらねえ〜よ」 「一体、何部刷ってんの?」 「発行(または制作)しているヤツがイケすかねーな」 色んな中傷を被り受けながらも「出る杭は打たれる。分かってくれる人だけでいいや」と自分たちを励ましながら、他誌とは全然違う視覚、嗅覚を頼りに、1号1号大切に「自分たちの勘」だけを信じて淡々と発行を重ねてきた。 財政難から減ページに縮小してから約2年。遂に廃刊せざるを得ないほどにまで貧窮してしまったtocotocoを、今まで温かく見守り、陰で応援し助けてくださった方々に、この紙面を借りて深くお礼申し上げたい。 本当に永い間、お世話になり、ありがとうございました。 そして、何よりも愛読してくださっていた読者の方。こんな陳腐な新聞を手に取ってくださり貴重な時間を割いて読んで頂いていたこと、tocotocoスタッフ一同、心から感謝致して居ります。 本当に永い間のご愛読、どうもありがとうございました。 また、どこかの街で? (編集部) 2008年12月26日号(vol.180)掲載 Copyright © 2000-2008 tocotoco, S.Graphics all rights reserved.
長い間のご愛読、本当にどうもありがとうございました。
諸事情により、今号(vol.180)をもって廃刊となります ■今年ももうすぐ終わりますね。NYに住み着いた人、帰国してしまう人、結婚した人、就職先が見つかった人などなど。その人によって、この1年は様々な事柄があったでしょう。イマイチだった人、強運だった人に関わらず、残り少ない日々を後悔することのナイよう、思いっきり有意義に過ごしてください。お陰さまで幣紙も今年で丸8年を迎えました。しかし諸事情により、この180号をもって廃刊となります。長い間のご愛読、本当にどうもありがとうございました。 2009年星座別[転ばぬ先の★占い] ……………………………………………………………………………………………………… 来年のあなたは例年になくスムーズに事が運ぶのでビックリするかも知れません。いつもなら「これぐらいでいいかな…」と妥協してしまうラインを、少しだけ越える努力をしてみてください。結果は必ず出ます。来年の頑張りは必ずこれから先の幸運につながりますから日々努力を重ねてください。気持ちだけ少し前向きになるだけでもOK。パワーアップの時期ですから、自分の力を信じて、やりたいことにドンドンチャレンジしてみることをお勧めします! ……………………………………………………………………………………………………… 2009年は安定した良い1年になりそうです。この安定運をより確実なものにするためには1〜3月の間にしっかり気力も体力も充電をすることが不可欠です。動き始めるのは春以降がベストです。来年は着手した事柄が成功に結びつきやすい年なので何事にも挑戦しましょう。効果が出やすいのはダイエット。成功すれば夏にはさらに幸運な出来事がやってくるかもしれません。心も体も、物質的に軽くなる事で安定運はより一層強まり良い1年になるでしょう! ……………………………………………………………………………………………………… 2009年は今までの行いを見直す年。過去を振り返って失敗例を書き出してみるのもいいでしょう。失敗した出来事に再チャレンジするか他の新たな事にチャレンジするかを決めて、次のステップへの足掛かりを掴んでください。自分を冷静に見つめ直す事で、これからのステップアップに大いに役立つきっかけを得る年になるでしょう。運気は年の後半から段階的にアップするので前半のうちに見直しができれば、2010年に向けて運勢が徐々に上向きになります! ……………………………………………………………………………………………………… 2009年は感情的になったことが大きな災いを招きそうな予感です。日々の暮らしを大切にしながら、常に冷静にこなしていくようにすれば運気アップにつながります。また情が深いあなたのことですから、人の世話をつい焼いてしまいがちですが自分が傷つくことになりそうな気配です。まずは自分のことを一番に考え、気持ちが揺れない範囲でサポートしてあげると良いでしょう。嫌なことは思い切って断ってもあなたの評価が下がることはないので安心して! ……………………………………………………………………………………………………… 幸運に恵まれた1年になりそうです。もともと脚光を浴びやすい獅子座は周囲に対して横柄になったり才能を自慢したりすると、思ったような結果が得られなくなることも。運勢の上昇と共に人格も磨いていく事で評価が上がりこの好調期を確かなものにできるでしょう。自分のことばかり考えがちな来年ですが周囲へ感謝の気持ちを持てば持つほどラッキーな出来事がやってきます。自分のことは後回しにして身近な人たちのためになるような行動をとると◎! ……………………………………………………………………………………………………… 来年は意味も無く憂鬱な気分になりがちです。もともと分析好きの乙女座ですから来年1年は徹底的に自分を分析してみましょう。無意識のうちに完璧さを追及してしまう性格ですから自分を追い詰めてしまい精神的に辛いことも多いかもしれません。そこは適度に休憩をはさみながら、精神的に無理はしないように心がけてください。「リラックス・リラックス」を口ぐせにすることで、ほんわか気持ちが温まり、物ごとも案外スムーズに運ぶかも知れません! ……………………………………………………………………………………………………… 必要以上に周囲に同調し思いやりすぎて本当の気持ちを出せずにいませんか?しかも保守的な考えの持ち主ですから、やりたい事すらなかなか行動に移せませんね。でも来年こそ行動を起こす時です。人の評価を気にしないで自分の直感を信じて突き進んでも運が味方してくれます。主体的に行動する癖をつける事で2010年以降も、ひと回りパワーアップした自分で過ごせます。あなたをわがままと非難する人はいないハズです。安心して行動してみてください! ……………………………………………………………………………………………………… 来年は全体的に少し辛い1年になりそうです。嫌だと思っていた人や性格の合わない人と一緒に居なければならない精神的な苦痛を味わう可能性大です。来年は苦手な相手だなと感じたら、その人との関係を少しずつ自然消滅させていくか最低限の関わりで穏便に過ごすように努力しましょう。生来の負けず嫌いが顔を出して意固地になって戦うと、後味の悪い結果となりそうな予感。くつろげる空間作りに励むと自分だけでなく周囲にも幸運が訪れるはずです! ……………………………………………………………………………………………………… 来年は何をしてもあなたの力になる時。パワーがみなぎっているので、あらゆる面での成功が約束されている運気といえそうです。叶えたい夢がある人はそれに向かって迷わず前進を。今年は人間関係も好調なので様々なタイプの人と知り合う機会に恵まれます。気後れせずにコミュニケーションをとっておくと後でその人が運と縁を運んでくれそうです。旅行運もとても良いので、行きたい場所があったらリラクゼーションも兼ねて何でも楽しんでみて吉です! ……………………………………………………………………………………………………… 一見好調な年のように見えますが意外と忍耐力がいる年になりそうです。来年はあまり新しい事に手を出さない方が良いかもしれません。思いつきで何かにチャレンジしても、気持ちばかりが空回りして内容を伴わない可能性も大です。今までやってきた趣味のレベルを上げるには良い時期なので新しい自己表現の方法として人に披露すると副収入を得るきっかけと成るかもしれません。生活設計が得意の山羊座なので、この機会に徹底的に見直してみましょう! ……………………………………………………………………………………………………… お正月早々から春まで、かなりの好調な運気が訪れます。チャレンジしたい事があれば実行し着々と新しい可能性を切り開きましょう。あなた自身を自己表現する事が開運への近道。過去の失敗は忘れて仕切り直すような気持ちで前に進みましょう。アクションを起こしてこそ、自分に返って来るものがあると思ってください。水瓶座は理性で物事を判断しがちですが、来年は自分の直感に従ってみるべきです。折角の好調期、気後れしていては勿体ないですよ! ……………………………………………………………………………………………………… 原因不明の不安感と焦躁感にさいなまれそうな年です。笑顔で1年を乗り切るためには持ち前の直感を信じること。ドツボにはまったりミスしたりと最悪の事態に巻き込まれる前に、勘を働かせて回避しましょう。今年は人助けも考えもの。感受性が強いので相手のマイナスオーラを受けて気持ちが擦り減ってしまう恐れあり。自分なりのリラックス法を編み出して。その学んだリラクゼーション法を2010年以降、人に教えてあげると大変喜ばれて吉になります! ……………………………………………………………………………………………………… 2008年12月26日号(vol.180)掲載 Copyright © 2000-2008 tocotoco, S.Graphics all rights reserved.
「景気が悪い」「また株が下がった」「このままじゃ潰れちゃうよ」……近頃はどこに行ってもそんなグチや泣き言ばかり聞かされる。たしかに、世の中不景気である。それも半端な景気後退ではなく100年に一度あるかないか、と言われるくらいの大恐慌である。ハレー彗星や何とか流星群のような自然現象ならば少しはワクワクした気分になるけれど、今回のようなケースはたとえ歴史上希有な事態であっても遭遇したくなかった、と、感じているのは私だけではないだろう。景気なんてオレには関係ねえよ、と嘯いていられるのはまだ「社会」という土俵にすら上がっていない子供だから吐ける台詞なのだろう。かといって、深刻ぶって暗い顔をしているオヤジ連中に同情する気にもなれない。そんな時代に当たってしまった事をいくら後悔しても何も始まらない。
戦争などもそうだが、こうした状況になると所詮は「社会」という枠組みの中でしか生きられないことを痛感する。自分が何か悪い事をしたわけでもないのに、どうしてこんな目に遭わなければいけないんだ、と、時代や社会に対して憤りを感じ、文句や不満を並べたところで個人の意思や感情は大きな流れにのみ込まれて終いである。私のように地道に誠実に生きている者も例外ではない。人里離れた山奥やジャングルで仙人か原始人のような生活でもしない限り、周りの影響を全く受けずに暮らしてゆくことは出来ないのである。 さて、何が悪い、誰の所為だ、と、嘆いてみたところで景気が回復するわけじゃないし、困ったからといって突然ヒーローが現れて金を貸してくれるわけでもない。ここまでくると、いっそ開き直って笑うしかないだろうという気にもなる。どのみち、日々の生活は続くわけだし、今日も明日も生きていくしかないのだから。たとえ金を失い、職も無くし、会いたい人と会えなくなろうとも、戦争のように命まで取られない分まだマシである。仮に金欠貧困で独り惨めに野垂れ死んだとしも、それだけのことである。生命を軽んじるつもりはないけれど、どうせいつかは死ぬ身だし、自分の意のままに生きられない世の中なら、せめて自分の命の軽重ぐらい自分自身で決めたい。 こんなご時勢になるといっそ死んだ方が楽だと考える連中も出てくる。「自殺」という選択肢を選ぶのは個人の自由だろうし、止めはしないが、硫化水素のように他の人にも迷惑が及ぶ可能性がある方法は避けてもらいたいものだ。死ぬならどうか勝手にやってくれ。私には愛する妻も守るべき家族もいないお気楽な身なので、いつ死んでも構わないのだけれど、資本主義とか貨幣経済とか株式市場とか……、誰が決めたかわからないルールや制度のために自分の命を絶つなんてまっぴら御免ではある。 それにしても、日頃「オレは幕末の世に生まれたかった」などと熱く語っている威勢のいい連中はどこに行ってしまったのだろう。「歴史」という結果がわかっている過去なら、竜馬や高杉、松陰や西郷……といった幕末の志士に自分を置き換えて好きなことが言える。幕府と景気という違いこそあれ、捉え方によっては今は混沌とした動乱の時代とも言える。しかも、幕末に比べたら圧倒的に命のやり取りがない分、思った通りに出来るではないか。結局は酔った酒の席での与太話で終わりかよ。また、普段「愛はお金では買えない」とか「家族の幸せは何物に代えが難い」とか、さんざんキレイゴトを並べている連中はどうしたのだろう。こんな時こそ大好きな「永久の愛」や「家族の絆」とやらが役に立つのではないのか。得意のお題目は景気云々に左右される程、脆弱なモノなのか、と首を傾げたくなる。不況如きで不仲になる夫婦の話を聞かされると、自分がモテずに独り身でいて本当に良かったと思う。明日も笑って生きてやる。 (原文まま) *掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行* 2008年12月26日号(vol.180)掲載
このタイトルは、僕の大好きな吉田拓郎の歌のタイトルから取ったものである。1975年に若かりし拓郎が、かぐや姫とともに静岡県のつま恋というところで伝説のオールナイトライブを行った。そして、それから31年後の2006年、同じつま恋で60歳を超えた拓郎が再びつま恋のステージに立ち、最後に歌った曲がこの「今日までそして明日から」という曲であった。
今年の春、「結婚しようよ」という映画が公開された。その映画は、三宅裕司が扮する平凡なサラリーマンが、駅前で若者が拓郎を演奏している音が耳に入り足を止め、一緒になって叫ぶように拓郎の曲を歌うというオープニングからはじまる。家族を持ち、平々凡々と暮らしながらも、まだ心のなかに夢や希望といったものはなくしていないといったメッセージが込められた作品である。そして、そのエンディングでも「今日までそして明日から」が流れた。 アニメの傑作である「クレヨンしんちゃん」のなかでも、「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ大人帝国の逆襲」という最高傑作の映画がある。大人達が子育てや仕事を放棄して、大阪万博の頃、つまり70年代に帰りたいというノスタルジーを抱き、自分たちが子供の頃の遊びに熱中してしまうという作品である。しかし、しんちゃんの父親であるひろしはクライマックスシーンで70年代への回帰願望を振り払い、「俺は今を生きているんだ。過去に何か戻りたくねえ」と宣言する。何度見ても涙が出る傑作であるが、その映画のラストシーンで流れるのが「今日までそして明日から」である。 現在日本では、空前の不況を迎えつつあると言われ、契約社員はどんどんと契約を打ち切られ、来年の入社が内定していた新卒者の内定が取り消されている。株価は低迷し、大手企業は前年度の利益を大幅に下回り、中小零細企業の倒産が相次いでいる。国民の政治に対する要望は「景気対策」が圧倒的一番で、しかし麻生内閣は素早い対応が出来ずに右往左往している。 僕は思う。慌てるほどのことではない、と。今が異常事態だと思っているからいけない。今が普通だと思えば良いのだ、と。GDPにせよ、企業の利益の数字にしろ、すべて前年度比とか前期比という比較のしかたをするから、大幅マイナスだと大騒ぎになる。国民も数年前と比較して生活が苦しいと実感して、社会への不満を募らせる。ところが国家全体にせよ、国民ひとりひとりにせよ、30年前や40年前に比べれば生活水準は明らかに豊かになっていることは、アルツハイマーの人にだって一目瞭然のことである。携帯電話はおろか、テレビでさえ珍しかった時代である。コンビニだってない。水を買うということもない。学生のアパートには風呂どころかトイレもなく、共同で使っていたりしていたのだ。 そう考えれば、現在の日本の状況など、屁の突っ張りにもならないくらい、大したものではないのだ。マスコミは国民へのインタビューや世論調査を金科玉条にして政治批判を繰り返しているが、政治批判の延長に「アナキズム」を主張するなら納得もできるが、結局景気対策をもっと迅速に、そして効果的にやれと、つまるところ行政頼みである。 なにも騒ぐことはない。意気揚々と、ここからまた歩き出せばいいのだ。悠然として明日から生きていけばいいのだ。それが、飢えもない日本という恵まれた国に生まれた国民の礼節ではないか。 本号をもってtocotocoは廃刊とお聞きしました。8年という間、随分好きなことを書かせていただきました。他の雑誌などで原稿を書くときには、出版社から具体的な内容の要望があったりするので、なかなか書きたいことをそのまま書かせてくれる場というものがありません。そんななか、 tocotocoではエロネタをはじめ、特定の人物への誹謗中傷や女性蔑視も含め、書きたいことを書かせていただいきました。この間僕がどんなことに興味を抱き、どんな考え方をしていたのか、それを振り返って自己確認ができる貴重な場でありました。この場を借りまして、読者の方と関係者の方にお礼を申し上げます。拙文甚だしいものを、8年間も読んでいただいたり掲載していただきまして、ありがとうございました。 tocotocoが廃刊になってしまうのは寂しいですが、またここから歩き出せばいいのだと思います。どこかで再会することを楽しみに……。 そして今私は思っています 明日からもこうして生きていくのだろうと (原文まま) *掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行* *友野康治オフィシャルサイト「LOVE MYSELF」へもお立ち寄り下さい。 2008年12月26日号(vol.180)掲載 ![]() 別れを言いに来ました フランスの音楽について興味があったので日本にいた頃聞いていた。そのなかでもひときわ気になったミュージシャンがいわずと知れたセルジュ・ゲンズブールである。なんか歌っているのか、つぶやいているのかわからない微妙さと、フランス語の歌詞が新鮮に感じたのだ。なんとなく日本にいるときは、フランスという国はロリータの国という印象を勝手に思っていた。フランスギャルやブリジットバルドーなのど影響だろう。だがそのほとんどの曲をゲンズブールが作っていたことを知るのはかなり後になってからであった。フランスに住み始め、フランス人はゲンズブールとか聴いているのだろうなーと思っていたが、そんなことはなかった。メジャーな彼だがやっていることは、テレビで500ユーロ札とか焼いてしまうとか、スカトロの小説とか書いているので、アウトローなイメージが強いことがわかった。死後数年経っていたこともあるだろうが、一般的にフランス人でゲンズブールの熱狂ファンという人はそんなにいないだろう。だがそれでも話題性があっただけに、ゲンズブールを知らない人は多くはない。このゲンズブール展が音楽美術館で開催されている。彼のキャリアは長く1950年代から始まる。この頃はフランスのシャンソンという感じが強い曲を作っていた。この頃から既に有名だが、本領を発揮、海外でも有名になるのは1960年代のアイドルの曲を書いていた頃だろう。フランスギャル、ブリジットバルドー、ジェーンバーキンの曲は売れていた。ここで忘れてならないのは、ゲンズブールはロリータを育てるのがうまい???ついでに彼女にしてしまうところだろう。その後のジェーンバーキンとの結婚や、仕事は切っても切れないものになっていく。1970年代にとった映画「ジュテーム・モワ・ノン・プリュ」はインパクトを与えた作品だ。その後、フランスの国家をレゲイにするとか、ラップを始めるとか、なにかと派手にやっていた。実の娘との近親相姦を映画にした、「シャルロット・フォーエバー」は愛娘シャルロットにとって、亡き父を思い出させてくれる映画だろう。実際、ゲンズブールの作品や遺品は娘のシャルロット所蔵が多い。ゲンズブールが亡き今でも、彼の作ったメロディーは至る所で耳にする。ゲンズブールフォーエバーである。そして休刊になるトコトコもフォーエバー!8年間このコラムを読んでいただいてありがとうございました。 (原文まま) *掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行* 2008年12月26日号(vol.180)掲載
この号でtocotocoが終わる。思えば、発行人のK氏とお会いしたのは、7、8年も前のことだった。当時、私は、アートスクールに通う学生で、水彩画やイラストなどを見てもらいにK氏のもとを訪ねた。“また、ニューヨークで夢を語る変な子がきたなぁ”なんて印象だったことだろうと思う。その訪問からほどなくして、tocotocoにかかわらせてもらうこととなった。その間、tocotocoの配布や表紙の絵やデザイン、いろいろとやらせてもらった。とんでもない迷惑をかけたこともある。それでも、K氏は私を使ってくれた。いろいろなことを教わった。学校の授業なんかよりも私の人生には大きな影響を与えてくれたのである。
2年くらい携わった後に私は日本に帰国した。今はこうして日本から原稿を送っている。時に大阪の大動脈・御堂筋のスターバックスから、時に出張先のホテルから、2週間に1度。その生活もとりあえずのところ、今回で最後となる。 ![]() 「センチメンタルジャーニー」を聴いてもまったくセンチメンタルにならない私だが、今回は少しセンチメンタルな気持ちである。何かが始まると、必ずそこには終わりというものが存在する。だからこそ、その一瞬に美しくいたいと思うのが人間というものだろう。一度しかない人生だから、悔いのない一生を送りたいということは、つまりそういうことなんだろうと思う。K氏がその昔、私に語った「一度きりだからこそ美しい」という言葉が、今ようやく実感できたような気がする。このtocotocoがどのような経緯で終わるのかは知らない。たとえそれが、美しくない終わりだったとしても、私にとってこの出会いというのは間違いなくいいものだった。私の駄文を除き、このtocotocoを手に取り、読んでいた読者の皆さまは、やはり素晴らしい出合いを果たしたはずである。できれば続いて欲しいと思うが、いったん皆さまとはお別れすることになる。毎回お付き合いいただいた方々にこの場を借りて感謝を申し上げたい。ありがとうございました。2009年にはまた新しい出会いが待っている。その出会いが始まれば、そのまたいつか、別れが待っている。しかし、それは、美との出合いでもあり、その繰り返しが人生なんだろう。この先、そんな出合いが何度来るかはわからないが、私や読者の皆さまにK氏との再会が訪れることを今は願いたい。 tocotoco読者の皆さま、そして、関係者の皆さま、ありがとうございました。 (原文まま) *掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行* 2008年12月26日号(vol.180)掲載
巨食症になる(5)
少し話を戻すと、前出の“メタボ”、即ち『メタボリック・シンドローム』であるが、何故ご当地アメリカではあまり聞かれないのか、むかではちょっと不思議に思ったのである。 少し調べてみると、実はこのメタボリック・シンドロームという言葉の発祥はご当地アメリカなのであって、この症例が学会で紹介された当初は、“Syndrome X”なんて格好良い名前で呼ばれていたのだが、その後あまり用語は巷に広まらず、現在でもこの症例を認知しているのは医療関係者にとどまっているのである。では何故この症例がおでぶ大国アメリカでは広まらなかったのか、謎は深まるばかりなのである。 その理由のひとつは、この症例に効く有効な薬が開発されていない、という事があるのである。先にご紹介の通り、このメタボリック・シンドロームの方への有効な対策は、胃の手術以外は運動と食事制限がメインであり、夢の痩せ薬(アコンプリア)だってFDAの認可が下りていない現状では、医療の現場でのアドバイスは「運動して食事に気をつけてね、はい次の人」な訳である。これでは問題があってもなかなか用語は広まらないのである。 もうひとつは、アメリカの抱える、もっと悲しい現実が原因である。 皆さんは、堤 未果著『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書)を既にお読みになられたであろうか。 そこには現代アメリカが抱える貧困層の悲しい現実が赤裸々に報告されているのである。 一言で言えば、肥満になるのは、貧しいから、なのである。 現在ご当地では、約6000万人が1日7ドルの収入で暮らしているという実態があるのである。(アメリカ内国蔵入局(IRS)調べ) 太る、太らないを気にしている場合では無く、一家が食べて暮らして行けるか否かの方が死活問題な訳であって、マクドナルドならば、1日で一家5人が5ドルで食事を摂る事が出来るなら、皆選択の余地無く、それを食べて食い繋ぐしか無いのである。 一方において、米国内の所得格差は広がる一方であり、富裕層と貧困層の所得格差は、1976年では36倍だったものが、1993年では131倍、2004年にはなんと431倍にもなってしまっている現実がある。フロリダで500票差で漸く当選決まった某大統領のスローガンが、もともと「リッチな人はよりリッチに、プア‐な人はよりプア‐に」だったら、今頃アメリカは地球温暖化を訴えるノーベル平和賞受賞者が善政を展開して下さっていたかも知れないのである。選挙公約は正直にして欲しい今日この頃である。 さて、これら貧困層に対して、アメリカ政府連邦農務省(USDA)食品栄養局は、『フード・スタンプ・プログラム』と呼ばれる栄養補助プログラムを通して、貧困者に対して食料交換クーポンを発給しており、2007年度、政府はこれ(学校給食、その他の栄養摂取の為のプログラムも含む)に対して約1900億ドルの予算を当てているが、このフード・スタンプ・プログラムに対しては僅か250億ドル程度(2004年度)しか割当てが無いのが実態である。これを受給対象者(2004年:2000万人強、2006年では2500万人強)一人当たりに換算すれば、月額僅か100ドルにも満たない計算になるのである。これでは、ハンバーガーやマカロニチーズ、フライドチキン、ホットドックなどの、所謂“ジャンク・フード”しか購入する事が出来ないのは当たり前である。 確かに、不十分ながら、命そのものはフード・スタンプで繋ぎ止める事が出来るかも知れないが、本章の副題でもある肥満への予防、即ち健康については別物であり、そこまでは保証されているとはとても言えないのである。 悲しいかな、ご当地アメリカでは、健康も売り物であり、身の安全や教育と同様、富裕層から順番に、健康もお金で買う世界なのである。 むかでは、ご当地では、自分の肥満をマクドナルドのせいにして訴えている人がいる、という新聞記事を以前読んだ事があるのである。その時は正直、「へぇー、アメリカっていうところは、自分の肥満も人のせいにして、訴えるような国なんだな、自業自得なのに、なんだか本末転倒でおかしな話だな」などと思っていた訳であるが、今ではその話は全く笑えないのである。この訴えの背景には、マクドナルドを始めとしたジャンク・フード・ショップでしか食事が買えず、それ以外には命を繋ぎ止めるすべを持たない、アメリカ貧困層の悲痛な叫びがあるのである。 貧困である事が肥満に繋がり、疾病をひきおこして、ひいては早期死亡に繋がってしまうというこの悲しい現実を、もしも仮に米国政府が承知の上で容認しているとしたら、これはある意味、公的機関による優生保護政策の一環なのではないかとむかでは強く憂慮するものである。 優生保護政策。もともとはイギリスのフランシス・ゴルトンが唱えた優生思想に影響を受け、1880年代以降、東ヨーロッパや南ヨーロッパからの移民を大量に受け入れたアメリカでは、彼等が言うところの“劣った人種”であるカトリック系移民やユダヤ人の出生率の高さが、アメリカ社会を劣者繁栄の脅威に晒しているという主張が、支配階級であるWASP(White Angro‐saxons Protestant)により声高に叫ばれた時代があったのである。その後優生政策は、いつしか悪性遺伝要素の排除の思想に発展し、1900年代初頭には、『断種法』と呼ばれる法律まで全米各州で可決されるに至っている。1936年までに、この法律の下で断種手術を施された国民は、実に延べ2万人以上にのぼるのである。今でも大統領戦などにおいて、中絶の是否が問われるのも、道徳論や倫理観、宗教的教義上の見解からだけではなく、その背景はこれら優生政策に端を発しているものとむかでは理解しているのである。 フード・スタンプ・プログラムの受給対象者数は、今年更に絞り込まれている。 貧富の差の拡大と、貧困層に対する政府施策の先細り…。 アメリカの目指す自由と平等とは一体何なのであろうか。 あなたは、この現実を、どう捉えますか?(なんだかいつもと違うエンディングだな) ああっ、今日はなんだかむしゃくしゃするので、マック・アタックしにお出掛ける事にするのである。 (原文まま) *掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行* 2008年12月26日号(vol.180)掲載
学生時代のルームメートMのバイト仲間に、Kちゃんという子がいた。Mはバイトを始めた当初、Kちゃんがいかにバイト先の店長に人権蹂躙されているかを、まるで自分のことのように怒りを込めて、よく私に訴えていた。モラハラ、パワハラ、DVという言葉が巷で聞かれるずっとずっと前。
店長とKちゃんは男女の関係にあり、2人の付き合いは、店の内外で公認だった。今思えばモラ男の典型であるその店長は、とにかく説教好きで有名で、「自分より格下」と判断すれば、相手が店の客でも偉そうな能書きを垂れた。また、閉店後に店のビールを抜いては、Kちゃんたちバイトに向かって、根性がどうの、オレが若い頃はこうだったのと、朝方まで何時間も彼らにからんでいたという。当然、バイトの学生たちは、勉学や交遊を理由(口実)に、早々と退散するようになったが、同棲しているKちゃんは、いつも最後の最後まで、「オマエのためを思って、言ってやってる」「オマエはオレの彼女だから、あえて厳しくする」という店長の罵詈雑言に、何時間も泣きながら耐えていたそうだ。 プライベートでは、さぞや大事にされているのだろうと思いきや、そのうち「休みの日に店のお客さんに食事に誘われたのを、Kちゃんがなんとかごまかして断って、バイト君たち数名と飲みに行って羽目を外したら、次の日、店長に顔面を何度も殴られた」なんてエピソードも出て来た。さらに、「避妊しない主義」の店長に妊娠させられ、店長は、子供なんか産まれたら、自分のグリーンカードや出店の夢がおじゃんになるとでも思ったのか、「今は、お互い親になる時期ではない」とか言って、Kちゃんに堕胎を迫った。堕胎費用1500ドルのうち、店長は500ドルくらいを払ったらしい。妊娠のことを、店長はもちろん自分の親には言わず、Kちゃんの親にも「心配かけるな」と、堅く口止めした。ちなみに、店長の口癖は「オレが昔、身を粉にして働いてやったお陰で、親は今悠々自適な老後を過ごしている。だからオレは今、安心して海外生活出来る」。Kちゃんは堕胎したその日も、バイトに入った。Mは、Kちゃんに目を覚まして欲しいと、泣いた。 その後、私はあの街を離れたが、Mの話では、間もなく2人は結婚。式はなし。指輪は、数十ドルのファッションリング。店長はKちゃんの親に向かって、「ボクがコイツを教育し直しました。」子供が生まれた時は、義母(店長の母)が手伝いに来たらしいが、店長は、Kちゃんが帝王切開を終え退院するやいなや、「オレの親にお茶入れろ。」「オレの親のご飯はどこだ?」「オレの親に、街を案内してやれ。」と命令口調。後には、義父(店長の父)への電話での対応が悪いと、子供を腕の中に抱きながら、夜中まで罵倒されたとか。数年前、2人が離婚したとMから聞いた時は、それでいいんだ、Kちゃん、幸せになりなよ~って、遠くから心から思った。 先日、タイムズスクエアでKちゃんに再会した。あの頃の淋しそうで鬱屈した面影は微塵もなく、繊細さと剛胆さを兼ね揃えたような魅力的なKちゃん。きっとこれが本来の姿なのだろう。再会のつもりが、まるで初対面。別れ際になって、Kちゃんがキリリと言った。「最近ね、あの時おろした子供に名前を付けたの。自分が至らず死なせてしまった子供の、せめてもの供養になればと思って。」 良い名前だった。 帰りの電車で、私は生まれて初めて、他人のために嬉し泣きをした。 (原文まま) *掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行* 2008年12月26日号(vol.180)掲載
■アメリカンズ・ウエー
アメリカから完全撤退し、一時帰国を除いて15年ぶりに日本に着地して約2週間が経った。日本のテレビ映像から毎日流し出される深刻化した「失業問題のニュース」を耳にするたび「一寸先は闇」を思い知らさる辛い日々を送っている。それでも街に溢れる若者は皆、最新式ケータイやipodなどを手に、今年の流行らしき高価なダウンジャケットを身に纏って好き勝手に生きている(……ように、私には見える)。 日本の住民票を一旦放棄してアメリカの日本総領事館に在留届けを提出している身としては、帰国後、部屋を借りるにしても、取りあえずのバイト先を探すにしても、ことごとく却下される難儀な問題に直面する。疎外感とでも言おうか、日本国籍を持っていても何の意味もない。お役所的なことには全て住民票や印鑑証明書、はたまた源泉徴収票などは必須である。それも15年間、日本に税金を支払っていなかったツケだと思うしかないが、今まで道を外すこともなく生真面目にガムシャラに生きて来て、気がつけば50歳になっていただけのことなのだが(私にすれば)、本国に帰ると、ちょっとしたことにも、私には全く社会的信用が無く、何でもカンでも、たった1人の兄貴に保証人を頼むしか、この日本で生きる(生かされる)道は無くなっていた。「あ〜、兄弟がいて良かったぁ」と、本当に思い知らされる。 そこに加えて、最悪な円高ドル安である。日本のクレジットカードも15年前に失効していて現金(円)もあまり持っていないため、ちょっとした生活用品購入の支払いも、取りあえずはアメリカ発行のクレジットカードに頼らざるを得ない生活だ。何かを買う度にアメリカの銀行口座からドンドンお金が引き落とされるのだが、アメリカの銀行は規定貯蓄残高に満たなくなった場合は毎月手数料もしっかり取られるシステムだから2度イタイ思いをする。 こんな辛い事情から、いつまで経ってもアメリカの口座すら閉じられない状況が続いている。そこへ、追い打ちをかけるノーティスなしのアメリカでの定期的な仕事の打ち切りだ。不況に嘆く在米日本人の状況も、手にとるように分かるため、グッと堪えて二つ返事で条件を飲むしかない。 ほんの僅かな収入であったにせよ、アメリカの口座をキープする微かな望みであった仕事が、突然消えた。職業柄、私はインターネット環境さえ整っていれば、どこの国であろうが一切違わず仕事の受注は可能である。「帰国または移動する」ことに何の障害も生じない特異な有り難い職業でもある。しかし世の中とは、何か相手にエクスキューズを求める。本来、何の原因にもならないことだが「○○さんが帰国するから」というフレーズが、どうやら公然と打ち切りの理由になってしまっているようだ。これがアメリカンズ・ウエーなのかも知れない。 イラクから完全撤退しないブッシュ大統領に対して14日、靴投げ騒動が起こった。米軍がイラクに駐留する根拠となる米軍地位協定に、イラクのヌーリ・マリキ首相とブッシュ大統領が署名する際の共同会見上で、エジプト・カイロ放送局のイラク人記者が「別れのキスを受け取れ、この野郎!」と罵声を浴びせながら、自分が履いていた左右の靴を投げつけた。 この記者はただちにボディガードらに取り押さえられ、会見場から引きずり出されたが、ここ2、3日のニュースを見ると、この記者を英雄視する報道がアチコチで目立っている。根強く残るアメリカに対しての敵意は、決して拭い去ることは出来ないだろうが、この騒動の結末を見て知って「YES! THIS IS AMERICA!」「めっちゃええやん。これこそアメリカ人やん!」と、つい口に出して苦笑してしまった。こんな緊迫した状況下で、咄嗟に「今の靴のサイズは10だったよ」と一笑して、会見を丸く治めて続行したブッシュを、私は手放しで受け入れる。さらに「アンタは吉本新喜劇かっ」と突っ込みたくもなる。どこの国の大統領(要人)であれ、こんなクールな対応は出来なかったと、私は思う。騒動後の未だ反省の色が見えないコメントについては「やれやれ」とは思うが、ここらもまた、アメリカンズ・ウエーなんだよなぁ、と既にアメリカを懐かしんでいる自分がいる。 これから私は、まだまだ靴を投げつけられる思いに遭遇するやも知れない。しかし、どんな状況にあっても、吉本のノリで、何事にも上手くジョークで交わすことのできる大らかさと余裕を持って過ごしたいと心底願っている。どんな相手であれ、こちらが大人でクールな態度でさえ接していれば悔しくとも、お互い傷付くことは少なくて済む。 読売アメリカ社がアメリカから撤退し失業後、約5年間に亘って幣紙に携わり、我が子のように可愛がり育てて来たtocotocoが、今号を持って休刊(廃刊)することとなった。幣紙は私にとって色んな意味で「ニューヨークでの足跡」となる。カタチあるものはいずれ忽然と消える。創刊しては廃刊する。日本でもアメリカでも何度も味わった。それでも、懲りずにまた立ち上げる。それがマイ・ウエーになることを祈りつつ……。 2008年12月26日号(vol.180)掲載 Copyright © 2000-2008 tocotoco, S.Graphics all rights reserved.
■リンゴのジャム風味。
昔から、字が汚かったりします、僕。 自覚していたことではあるんですが、 「ぶくさんの字を読めるんだから、私、クサビ文字だって読めると思います。」 って言うのは、やっぱり言い過ぎだと思う。 この国は、どこまで自由なんだろうと思う。 ■晴天を誉めるなら。 年々、つまらない人間になっているように思います。 いや、若いころが面白い人間だったかというと、そんなことはないんですが、漠然と面白くないなあと。 「うんこちんちん」 で笑っていた頃が懐かしく思います。 (うんこちんちんで笑う、40歳男子は如何なものかと思いますが。) ■脱臼る(だっきゅる) 親切にしてくれているのは、理解してます。 それでも、娘が僕の全身にリンスを塗ってくれるのは、ちょっと迷惑と思うわけです。 (僕は、リンスを必要としない人生を今日まで送ってきたし、これからもそうなんだよって、娘に話せる時がやってくると良いなと考えます。) ■盛りの記憶。 タバコの煙の行方を、目で追ってみたり。 帰宅中、頬で冷たい風を感じてみたり。 娘とふたりで、道端の草を眺めてみたり。 上手く説明出来ないのですが、そのうち僕は、ポックリと死んでしまうのかなと思いました。 冬になりました。 ■パンを焼きながら、待ち焦がれている。 疲れているような気がします、僕。 たぶん疲れています、僕。 高い確率で疲れています、僕。 こんな疲れてしまったときは、なんだか人恋しい気分になったりします。 そっと静かに、 後ろから力士に包まれたいとか思います。 (まだ余裕があるなとも思います。) ■緊急な贈り物。 「酒でも飲んでないと、やってらんない。」 と思う位、僕は大人になりました。 ですが、体弱っていて思う程酒が飲めない事態が問題だと考えるわけです。 飲み過ぎとか心配してるし。 明日のこととか考えちゃうし。 内臓に優しくとか思っちゃうし。 ロックンローラーのつもりだったので、少しだけ残念に思います。 人生後半戦なのに気がついて、少しだけ残念に思います。 でも実は、それほど残念でもないのが大変残念。 久しぶりに、外でお酒飲んだ帰りの電車の中のバラッド。 *原文は以下のアドレスへ* plaza.rakuten.co.jp/dadamore/ 2008年12月26日号(vol.180)掲載
■今日も彼は
図書館に行くと彼はいつもの席にいた。彼とはこの図書館のガードマンである。紺色の制服に鍛え上げた身体を包み館内に常駐しているのである。多くのガードマンがそうであるように、彼の見た目は恐い。とてもじゃないがこちらから何か話しかけようとは思えない。ゆっくりとした動作の中視線だけをきょろきょろと動かしている。悪者を見つけた暁には本領を発揮するぜ、そんな静かな凄みが感じられるのだ。 どういうわけか彼は他の職員と同様に専用のデスクとコンピューターを持っている。たまに館内をパトロールする以外はその席に座ってコンピューターをいじっているのだ。そしてどういうわけだか彼の席はキッズコーナーの真ん中にある。 まだ学校にも通わない小さな子供がワーだのキャーだのと叫びながら走り回る中で、まるで何も聞こえないかのごとく彼は無表情のまま座っている。彼は自分から子供に話しかけることはしない。目で追いかけることもしない。いつもその光景を見かけるたび、私は他人事ながら心配していた。彼は内心子供たちにいらついているのではないか。いつか子供たちを怒鳴りつけるのではないだろうかと。 その日、一人の女の子が彼に近づいた。手には一冊の絵本を持っている。よちよち歩く姿からするとまだ言葉も満足に喋れないだろう。彼の机にたどり着くや否や女の子は満面の笑みで持っていた絵本を持ち上げて彼に見せた。「ほら!」とか「見て!」と言わんばかりである。私は遠目に事の成り行きを見守った。 彼はコンピューターと対峙していた顔をゆっくり女の子の方へ向けた。怒鳴るのだろうか。私がそう心配したのも束の間、彼はやがて頷いて言った。 「イェー」 それはこれまで私が聞いたどの「イェー」よりも滋味深い響きだった。初めて見る彼の柔和な顔を見て、今まで私が彼に対して思っていたことは偏見に満ちた杞憂であったと気付いた。 女の子は満足気に母の元へと戻っていった。 それから数日後、再び図書館に行くと身体障害者のグループが近くの施設から訪れていた。その内の一人の女性が紙に何かを書きながら奇声を上げている。館内中に響き渡る声だが、他の来館者や職員は聞こえない振りをして誰も彼女に寄り付こうとはしない。施設からの引率者さえも彼女を放っている中、ただ一人立ち上がった者がいた。ガードマンの彼である。 キッズコーナーのいつもの席から彼女の席へとゆっくりやって来ると、彼女の顔を覗き込むようにして彼は言った。 「どうした?」 そうして彼の手の平が彼女の背中をぽんぽんとたたくと、落ち着きの無かった彼女に笑みが戻った。注意するでも叱るでもない彼のその一言で、彼女の奇声は止んだのだ。 今日も彼は紺色の制服に身を包み、コンピューターを前に無表情で座っているのだろう。そして時々館内を歩き、空気のような存在感で図書館を守っているのだろう。媚を売らず愛嬌も振りまかず、キッズコーナーの真ん中で、たくさんの子供たちに囲まれながら。 (原文まま) *掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行* *同コラム作者のブログ「今日見た人、会った人」にもお立ち寄りください。 2008年12月26日号(vol.180)掲載
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