■A.G.O.O.O.D.
今から10年前、たまたま入ったソーホーの小さな書店で偶然手に入れた「Duchamp」「Duchamp Readymades」のフォントを、今回の特集で、漸く正しいカタチで使えたことを、密かに1人喜んでいる。 正確にいうと、日本から観光にやって来たデザイナーの友人とダウンタウンを散策していて、彼がこのフォントを見つけて購入。私はコピーを貰った。フォントは今では懐かしい「フロッピーディスク」に保存されていて、確か20ドル前後で売られていた。 「うわーっ、デュシャンのフォント売ってマスわ、すごいなNY」と彼は異常に興奮し、信じられないような顔。他のアーティストのフォントも2人で必死で探してみたが、デュシャン以外は見つからず「なんで、デュシャンだけなん?」「それも、なんでフォントなん?」「ホンマかいな?」と、何の説明も付いていないフロッピーディスクの中身を少々疑いながらも「ま、ええやん、ええやん、ここは思い切って、デュシャンに騙されてみよーや」とドキドキして購入。早速、持ち帰って当時使用していた私の「クアドラ」にインストール。あれから何台もコンピュータの機種は新調され、ソフト関係もドンドン新機種に入れ替わったが、当時のまま、このデュシャン・フォントだけは生き残っている——。 その頃、ちょうどホイットニー美術館で「ダダ展」が開催されていて、当然、くだんの彼と一緒に行った。「う〜ん、もうー、やってられヘンなあ〜」「こんなん、全然、やってられヘンやん」「一体なんですのん?コレ」と、観るモノ観るモノに中毒症状を起こし、顔は笑っているものの、目はギラギラさせ、真摯に、そして周囲の人を意識しながら2時間以上はグルグル観て廻った。館を後にした時、彼はボソッと言った。 「ええなあ〜、ニューヨーク。あんな小ちゃい赤ちゃん連れて観に来てはるやん。日本やったら考えられへんわ。あの赤ん坊、もうあんな頃から『ダダ』みて育ってるんでっせ、すごいよなあ〜」 彼との約3か月間の同居生活(勝手に居候されているだけだったが)のお陰で、この頃はいろんなヘンな展示を一緒に観て笑った。当時、私はNYに来て3年目くらいだったが、仕事に追われ、会社と家の往復のみでアートに触れることもなく、毎月の家賃を捻出するのに精一杯だった。そこへ非日常の日本からの観光客との生活。当然、彼の方が3年目の私より、あっと言う間にこの街が詳しくなる。毎日1つは、ヘンなモノを見つけて帰ってくる。2人ともダダに傾倒していることもあり(まだ若くもあったし)、連日深夜まで、身近にある日常素材でヘンなモノを競って作りあったりもした。週末、散策の帰りがけには必ずチャイナタウンのパールペイントに寄り「メディウム」や「ゲッソ」「マット・バーニッシュ」などを買い足し、持ち帰ってはゴソゴソ作り出す。お気に入りだった雑誌たちも「作品としてカタチにして残した方がエエに決まってるやん」と切り刻み、無惨にもただの紙屑となりガベジへ。そんな「ごっこ」が続いたある日、退社して戻ってくると、家のドアに張り紙がしてある。「賀川剣史 前衛書道展」。そして横に小さく「今なら作家の方と直接お話になれます」。 同階には他に日本人は住んでいなかったので、張り紙の効力は私にしかないが、隣のインド人家族や向かいのアメリカ人夫婦は何と思っただろう。クスッと笑いながら一歩中に入ってみると、しーん、と静まり返った部屋のフローリングの床一面に、レターサイズの紙が優に30枚以上は並べられてある。作家さんは椅子に腰掛け、それらの展示物と真正面に向き合っている。1枚1枚に「書道画」と思しき文字や絵が描かれてあり、中には「紙の無駄遣い、勿体無い」と思う作品も多々あった。もちろん、私のレター用紙である。しかし、ここは大人。黙ってギャラリーと化した自分の家を鑑賞するしかない。仕事から疲れて帰って来てゴハンも食べずタバコも吸わずに、だ。ラッキーにも、座っていらっしゃる作家さんと直接話すこともできた。作品について短く語った作家さんだが、当時のまま、この書道画は、棚のファイルケースの中で生き残っている——。 ちなみに今回のタイトル「A.G.O.O.O.D.」は「Art Gallery Opened Only One Day」の略で、かなり(a good)デュシャンを意識してしまった。かなりイケてる? 2006年6月30日号(vol.125)掲載
by tocotoco_ny
| 2006-06-27 14:22
| THE untitled
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