vol.127/最悪—13<黒須田 流>

 名古屋に出たケンは、大工見習いとしての仕事を覚えるのに必死だった。
 けれど、半年も経つと、徐々に余裕もでき始め、先輩の職人達とも親しくなった。
 そして、一緒に遊ぶようになり、バクチの味を覚えた。
 パチンコ、花札、サイコロ、麻雀、競馬、野球賭博……。
 好奇心の塊のようなケンにとっては、なにもかもが初経験であり、そのすべてが魅力的に思えた。
 特に、ケンが好んでやったのは、「キツネ」と、呼ばれるバクチだった。

 これは、サイコロ賭博の一種で、親が3つのサイコロを、お碗やコップに入れて、振り、伏せる。
 子の前には、1から6までの数字が書いてある板が置いてあり、それぞれが、思い思いの数字の上にカネを張る。 
 子が、張り終えると、親は、お椀を開く。
 子は、自分が張った目とサイコロの出た目が同じなら、勝ちとなる。
 反対に、サイコロの目が出なかった数字に張っていたカネは、親の取り分になる。
 張り方は、「スイチ」と、言って、1つの数字だけを選んでもいいし、1から6まで全部の数字に張っても構わない。ただし、6点全部を選んだ場合は、確実に3点以上は負けるので、そういう張り方はまずしない。
 また、張り方と目の出方によって、倍率が違ってくる。
 たとえば、子が、「1」に張った場合。3つのサイコロの目が「1・3・6」と、「1・1・3」では倍率は違ってくるし、「1・1・1」では、その差がもっと大きくなる。
 基本的に、バクチは「親」の方が、有利になっている。
 「キツネ」も例外ではく、親が、「1・3・4」あるいは[2・5・6」の目を出せば、無条件で親の総取りとなる。
 つまり、このサイコロの目が出ると、たとえ、子が「1」「3」「4」や「2」「5」「6」に張っていても、親に取られてしまうのである。
 親は、持ち回りで、場所やレートによって異なる。
 仮に、20万持ちの場合なら、親の20万が無くなるか、親が、77万以上、勝てば、交代することができる。

 ケンは、単純だけれど、なかなか奥が深い、この「キツネ」にハマった。いや、「キツネ」と言うぐらいだから、憑かれたのか……。
 こうして、頻繁に、博打場に出入りするようになり、ヤクザとも顔見知りになった。

 バクチ→ヤクザ、と、来れば、あとは、もう、「クスリ」と、いうのがお決まりコースになっている。
 これは、マックで、ハンバーガーをオーダーすれば、フライド・ポテトとドリンクが付いてくる、三点セットのようなものである。
 ただし、この「ドリンク」を、コーラかスプライトか、オレンジジュースにするかは、個人の好みによる。
 ケンは、最もオーソドックスな覚醒剤、通称「シャブ」と、呼ばれるクスリを選んだ。もちろん、「お持ち帰り」で。

 ケンは、名古屋に来てから、1年半ほど経ち、仕事の方は、どうにか格好がつくようになり、博打場でも、「常連」として扱われるようになっていた。
 つるんでいた連中の間では、「クサ」という愛称で親しまれている、マリファナが主流だった。ケンも、一緒に吸ってはいたが、その内、物足りなさを感じ、もっと刺激を求めるようになった。

 「助さん」と聞いて「格さん」と答える人と、「シャブ」から「注射器」を連想する人では、どちらが多いか定かではないが、「シャブ=注射器」というイメージは強い。
 しかし、ケンが、初めて、シャブを身体に入れたのは、注射器ではなく、「金魚」だった。
 「金魚」といっても、お祭りの時に、夜店ですくう金魚とは違って、鮨折りとかに一緒に入っているプラスチック製の金魚の形をした醤油ケースだった。
 シャブを水で溶かし、キレイに洗った金魚の醤油ケースをスポイト代わりに使い、肛門、英語だと「アスホール」から注入した。けれども、量が少な過ぎたのか、それほど、効かなかった。
 そこで、ケンは、少し水の量を減らし、シャブの量を増やして、もう一回、トライしてみた。が、今度も大きな変化は感じなかった。

 ドーン。衝撃は、突然、訪れた。
 心臓がバクバク激しい音を立てて動いた。体中から汗が、どっと吹き出し、着ていたTシャツは、バケツで水をかぶったみたいにペットリと肌にくっつく。吐き気もする。
 ケンは、そのまま床に倒れた。犬のように舌を出し、ハアハアと息をするのが精一杯で、起き上がることもできなかった。電話のベルが鳴った。聞こえてはいるが、受話器を取る気力など到底ない。
 ベルの音に合わせて、親戚の家で昼寝をしている自分の姿や、喫茶店で注文している光景や、子供の頃の記憶が、次々と瞼に浮んだ。
 そんな状態が4時間ほど続いたが、どうにか、身体が動くようになった。
 おそらく、「オーバード−ス(過剰摂取)」だったのだろう。
 それが、ケンのシャブ初体験だった。

 初めが、そんな感じだったので、多少、シャブに対して、恐怖心のようなものを抱いたが、妙なところで、克己心のあるケンは、「このままシャブに負けるわけにはいかない」と、思い、それから半年の間、同じやり方で、何度かシャブを試みた。
 「経験」というのは、たいしたもので、そうこうしている内に、少しずつ、自分の適量がわかるようになり、それなりにキマル感覚も知ったのだが、ケンには、どうも、いま一つ、ガツンと、くるものがなかった。
 ケンは、そのことを、知り合いのオヤジに、話した。オヤジは、昔、シャブ中だった。
 すると、シャブ中オヤジは、
 「はははっ、それりゃ、ケンちゃん。シャブは、やっぱ、これが一番よ」と、腕に注射を打つ真似をした。
 そして、ある薬局屋の名前と場所、それと、暗号のような言葉を教えてくれた。

 早速、教えてもらった薬局屋に行くと、婆さんが、一人で店番をしていた。
 ケンが、暗号を言うと、婆さんは、一瞬、ぴくっとして、奥の部屋に入り、小さな包みを持ってきた。
 婆さんは、ケンに包みを渡しながら、
 「ほどほどにね」と、うっすら笑った。
 包み中には、ガラスの注射器と針が入っていた。

 けれど、注射器を手に入れたものの、ケンは、自分で自分の身体に注射をしたことがなかった。まあ、そんな経験があるヤツは、滅多にいないが……。
 そこで、ケンは、シャブと注射器を持って、シャブ中オヤジを訪れ、打ってもらうことにした。
 シャブ中オヤジは、慣れた手つきで、ケンの左腕の血管に注射の針を刺した。

 本当に、一瞬だった。
 身体が、スーッと、軽くなり、目の前が、すべてクリアに見えた。気分は晴れ晴れとして、いままで居た場所が、別世界のように感じられた。(続く)
Writer 黒須田 流 
(原文まま)
*掲載号では、校正、編集したものを発行*
*お知らせ* 同コラムのバックナンバーは「アンダードッグの徒」のオフィシャルサイトの書庫に第1回目から保管してあります。お時間のある方は、そちらへもお立ち寄りください
2006年8月25日号(vol.129)掲載
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by tocotoco_ny | 2006-08-22 14:50 | アンダードッグの徒
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