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vol.138/最悪—24<黒須田 流>

 なにかと規則・規制が多い、拘置所の生活だが、手紙のやり取りは、許されている。
 ただし、危険物等が同封されている可能性もあるため、そのすべてに、「検閲」が入る。
 検閲をパスした手紙には、看守がひと目でわかるよう、桜の花びらを図案化し、真ん中に「東」という文字が書かれたスタンプが、押される。また、たとえ、拘置所内同士で手紙を送る場合でも、切手を貼り、郵送しなければならない。

 看守は、囚人達に送られてきた手紙の束を持ち、各部屋を巡回しながら、廊下を歩いていた。
 ケンの部屋の前に立ち止まると、「おい」と、言って、犬でも呼ぶかのように、ケンを手招きした。
 ケンが、「えっ、おれ?」と、怪訝な顔で、鉄格子の内側に寄った。まさか、自分が呼ばれるとは、思っていなかったからだ。
 ケンは、収容されてから、これまで、母親から、1通だけ手紙を受け取っている。その後、一度、面会に来たが、その時に、ケンは、「出来の悪い息子で、つらい思いをさせて、すまなかった。けれど、自分は、既に二十歳を越えた、成人なので、自分の仕出かした不始末は、自分でどうにかする。だから、もう、二度と、手紙も、ここに来ることもしないでほしい」と、母親に自分の気持ちを伝えた。

 「名前は?」
 看守が、ケン宛の手紙を見ながら、訊いた。
 「宮代拳です」ケンは、答えた。
 「バカ。番号だよ、番号。オマエに、ちゃんとした名前なんかねえんだよ」
 看守は、アゴを上げ、目を細めて言った。
 「……2×1×番」ケンは、自分の称呼番号を叫んだ。
 「最初から、そう言え、このバカ」と、看守は、手にしてる紙の上に、ケンに受領確認の拇印を捺させ、ゴミでも捨てるかのように、封書の手紙を部屋の中に放った。
 ケンは、床から手紙を拾いあげた。
 白い封筒の表には、「宮代 けん様」と、拙い文字で書かれてあった。
 封筒を裏返すと、名前の横に、宛先と同じ、東京拘置所の住所が書かれている。
 田辺万里子。
 手紙の差出人は、マリだった。 
 「マリかぁ」ケンは、心のなかで、つぶやいた。
 
 マリの手紙には、ケンのことを 警察に、喋ってしまった償いの言葉で始まり、店で働いてる時に、刑事達がやって来て、連行されたこと。その後、持ち物検査や家宅捜査で、シャブを押収され、もうダメだと思い、ケンの名前を告げたこと。そして、いまは、ケンと同じ、東京拘置所の「女子棟」に入れられ、つらい日々を送っているが、もうすぐ、出所できそうだ……と、いったことが、綴られていた。
 文字のほとんどは、「ひらがな」と「カタカナ」で、少し、読み難かった。また、文と文の間に、汗や涙を意味するイラストが、描かれていたので、あまり切実な印象は受けなかった。
 手紙で、マリは、「もう一度、人生をやりなおしたい。そのために、出所したら、東京で知り合った人達とは、会わない」と、言っていた。
 そして、最後に、「ケンが、ホントに、好きだった」と、ハートマークが付いていた。

 ケンは、警察に捕まった時には、「サツに、チンコロしやがって!」と、マリに対して、激しい怒りを感じたが、時間が経つにつれ、その怒りは醒めていった。
 それに、手紙に書かれている内容が、事実とするならば、「知り合う以前から、既にマークされていたのだろうし、まっ、仕方ないか」、と、マリを許してやろうという気になれた。
 ケンは、「もう会うことはないだろうけれど、イヤな事は忘れて、これから、がんばれよ」と、マリに返信した。
 マリの顔が浮び、マリとのセックスが思い出された。
 ケンの身体の一部が、勝手に動いた。

 その日の夜。
 ケンは、拘置所に入って、初めて、オナニーをした。
 ズリネタは、もちろん、マリだった。
 
 ケンは、拘置所内で、自慰行為が発覚すれば、懲罰があると、聞かされていたし、四六時中、周りに誰か居て、独りになれる時間がない。
 けれど、性欲がなくなるわけではない。いや、むしろ、自由に射精できないため、一層、コントロールは効かなくる。
 元々、ケンは性欲が弱い方ではない。中学生の頃みたいに、毎日、朝立ちし、些細なことで反応してしまう、自分のムスコの処置に困まった。腕立て伏せと腹筋を一日300回やっても、あまり効果はなかった。
 しかし、ケンは、我慢した。
 万が一、看守に見つかった場合のリスクを考えると、そこまでして、コキたいとは思わなかったからだ。

 消灯時間の前に、ケンは、同部屋の連中と共同で購入した、長方形のチリ紙を、数枚重ね、四つ折にして、フトンの下に、そっと忍ばせてあった。
 深夜、全員が寝静まるのを待ち、オナニーを始めた。心臓がドキドキした。
 ケンは、中学校1年生の時に「自慰行為」というものを覚えたのだが、その頃のような気分だった。
 横向きになり、紙を持った左手を床に付け、腕を直角に曲げて、身体と掛けフトンの間に空間を作った。フトンが揺れて、バレないようにするためだ。
 目を瞑り、マリのことを想像しながら、カチンカチンになったムスコを、右手で上下に動かした。擦っていると、イラン人が出てきた。

 以前、新宿警察署の留置所でも、同じように、オナニーをしていた。
 すると、突然、イラン人が、がばっとフトンから、起き上がり、メッカの方角に向かって、お祈りを始めた。イラン人は、ケンが、オナニーをしていることに気がついたみたいで、ケンの肩をぽんぽんと叩き、右手を軽く握り、筒状にすると、2、3回、上下に動かす仕種をした。そのまま、親指と人さし指で輪っかをつくり、他の3本の指は開いて、「オッケー」という合図をした。
 そのことを、思い出したのだ。

 イラン人を頭の中から、追い出し、再び、目を強く閉じて、マリとの性交場面を思い描いた。
 右手で激しく、シゴくと、すぐにゾワゾワっと、腰から背中にかけて、せり上がってくるものを感じた。
 ケンは、左手に握ったチリ紙を、亀頭の先に押し当てた。
 身体が硬直し、快感が走った——。

 溜まっていた所為か、大量の液が出た。用紙した紙では足りなかったらしく、掌にも垂れてしまい、ベトベトして気持ち悪かったが、起き上がって、手を洗うわけにもいかず、敷きフトンの裏側に擦りつけた。
 深く、鼻から、息を吸い、口から、ゆっくり、吐いた。
 ケンは、液が体内から放出される瞬間、マリの顔が、唯に変わったことに、自分で、自分を笑った。(次号に続く)
(原文まま)
*掲載号では、校正、編集したものを発行*
*お知らせ* 同コラムのバックナンバーは「アンダードッグの徒」のオフィシャルサイトの書庫に第1回目から保管してあります。お時間のある方は、そちらへもお立ち寄りください
2007年3月16日号(vol.140)掲載
by tocotoco_ny | 2007-03-15 05:15 | アンダードッグの徒
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