先日、ナチス・ドイツの支配下にあったポーランドのワルシャワ・ゲットーから、ユダヤ人の子供たち約2500人を救ったポーランド人女性、イレーナ・センドラーさんが亡くなられた。享年98歳だった。
センドラーさんは社会奉仕家の立場を利用して同ゲットー内に入り、幼児たちをスーツケースに入れたり、スカートの中に隠すなどして逃すことに成功した。当時、ナチス占領下でユダヤ人を助けることには、銃殺などの重罪に処せられる危険があったが、2年以上も命がけの活動を続け、子供たちを孤児院や病院、教会などに匿ったという。 大戦中、彼女はゲシュタポ(国家秘密警察)に逮捕され、強制収容所で拷問を受けるが、「活動内容を明かすぐらいなら迷わず死を選ぶ」と、かたくなに沈黙を守り通した。拷問のため足や腕を骨折し、無意識状態のまま森の中に捨てられたが、辛くも死は免れた。彼女の英雄的な行動は、幼児たちを救ったことにとどまらない。“生き別れ”を余儀なくされた幼児と親が戦後、再開できるようにと、幼児1人1人の名前などを紙に書き、リンゴの木の下に埋めたこもその例の1つである。戦後も社会奉仕家として活動し、1965年にはイスラエルから表彰を受け、昨年のノーベル平和賞候補にも挙がっていた。今日、彼女のとった行動は世界中で称賛され、英雄視されているが、彼女自身はインタビューのなかで「私が『英雄』と呼ばれることには抵抗があります。実はその逆で、私はほんの一握りの子供しか救えなかったことに今も良心の呵責(かしゃく)を感じ続けている」と語っていたらしい。 センドラーさんと同じく、ナチス・ドイツに迫害されていた多くのユダヤ人を救ったとして称えられる人物に日本人の杉原千畝さん(故人)がいる。 第二次世界大戦中、リトアニア共和国の日本領事館に勤務していた杉原さんは迫害から逃れようとするユダヤ人にビザを与え続けた。当時、外務省は「ユダヤ人難民にはビザを発行しないよう」回訓を与えてきた。が、杉原さんは外務省、つまりは日本政府の意向に背き自らの判断でビザを発行することを決断したのだった。この、後に「命のビザ」と呼ばれるビザによって6000〜8000人のユダヤ人の命が救われたといわれている。 杉原さんは後年「私のしたことは外交官としては間違ったことをだったのかもしれない。しかし、頼ってきた何千人もの人を見殺しすることはできなかった。そして、それは人間として正しい行動だったと思う」と述懐している。 また、杉原さんを賞賛するマスコミや世間に対して「新聞やテレビで騒がれるようなことじゃないよ。私は、ただ当然のことをしただけだから……」と、英雄視されることに抵抗感を覚えるのもセンドラーさんと似ている。 さて、話は少し変わるが、飲み屋で酔っぱらったサラリーマン風のオヤジが「できるなら俺は幕末の世に生まれ変わりたい」と赤い顔をしながら喋っていた。その時代に生まれていたら、坂本竜馬や高杉晋作のような生き方をしていたに違いない、と本人は夢見ているのだろう。 後になって、既に歴史的結果が出てから判断したり、自分に置き換えたりするのは容易い。 センドラーさんや杉原さん、竜馬や晋作にしても後世の人々にどう思われるかとかどんな評価を受けるか、などと考えていたわけではないだろう。 ただ、国家や権力に屈することなく、命を賭して自らの信念に従って生きたのではないだろうか。それは言葉で表現するほど簡単なことではないだろう。 命は尊い——というのは他者に対して使われるべき言葉であり、自分自身の向けられれば醜いだけ、か。 (原文まま) *掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行* *お知らせ* 同コラムのバックナンバーは「アンダードッグの徒」のオフィシャルサイトの書庫に第1回目から保管してあります。お時間のある方は、そちらへもお立ち寄りください*連載小説「最悪」は筆者の勝手な都合で、暫くの間、休載しています。 2008年5月30日号(vol.167)掲載
by tocotoco_ny
| 2008-05-30 06:38
| アンダードッグの徒
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