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vol.59/グレッチェン<秋野マジェンタ>

 グレッチェンと知り合って、もうかれこれ7年になる。私が第一子を妊娠しながらも、生まれるまでは、何かせねばなあと、寿司屋でバイトしていた時に、常連とウエートレスとして出会った。グレッチェンは人なつこく、若々しく、話題が豊富で、何を話しても、瑞々しく新鮮な体験を語っているようだった。vol.59/グレッチェン<秋野マジェンタ>_f0055491_622863.jpg彼女は当時、まだ働いていて、けっこう忙しくしていたはずだったのに、会う度に新しい話題をわんさか運んで来た。姪の入学の準備を手伝ったの。Pro-Choiceの勉強会に参加したの。日本のことについて最近調べているの。◯◯さんに××さんを紹介しようかしら。やっぱり幹細胞クローンは必要ね。孫の世話をここ数日頼まれてるのよ・・・。誰の前でも、さわやかな笑顔は変わらず、手入れの行き届いたショートボブの銀髪がよく似合っていた。おしゃべりなのに、あけすけでない、成熟度の高い会話をする彼女。店の従業員は「あのおばはん、話長いよね」とぼやいていたが、私は、彼女のインテリジェンス、好奇心、探究心、バイタリティー、そして何よりも、その上品な無邪気さに、羨望さえ抱いていた。
 夫のデービッドは、無口で穏やかな紳士だった。「私たち夫婦は、17歳離れているのよ。」そう聞かされた時は、15秒ほど2人を不躾に見比べた挙げ句、「ギブアップ。どちらが17歳下なの?」と聞いてしまった。「私の職場の改築工事を請け負っていた業者の一人で、当時37歳だったかしら。特にフレンドリーなわけでもないのに、会えば話しかけて来るから、ちょっと変わったヤングマンだと思ったわ。」デービッドは、低く落ち着いた声で、「I thought she was cute」。17歳の差の上、「一目惚れ」とは・・・。デービッドは、ガテン系とはほど遠い、学者のようなたたずまいである。えらい無口で。
 グレッチェンには、離婚歴がある。復員軍人の元夫に、銃を突きつけられたことは、一度や二度ではなさそうだ。1歳の息子を抱きながら、こめかみに銃口をあてられ、「Last Prayer」を唱えたこともあると、一度だけ聞かされた。その時も、弾むような声で「I have been through some rough time, you know」。その息子は今、8歳くらいの双子の父親である。
 昨日。久々に出したメールに、即刻返事が来た。「マジェンタ!元気なの?うれしいわ!送信元のアドレスが前と違うけど、今後はこちらにメールを送った方がいいのかしら?確か上の子の名前は◯◯よね。でも、下の子の名前が出て来ないの。年ねえ。誕生日は覚えてるんだけれど」。旧友と再会したような文面の彼女のメール。相手をWelcomeな気分にさせる達人。彼女の柔らかく気品ある笑顔が鮮明になると同時に、あ、私はグレッチェンを尊敬しているのだなと、気がついた。
 グレッチェン。いつまでもお元気で。いつかきっと会いに行く。坂の多い街で、ケーブルカーの見えるカフェに座って、おしゃべりしましょ。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年8月29日号(vol.173)掲載
by tocotoco_ny | 2008-08-28 06:02 | オンナの舞台裏
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