vol.66/再会と初対面と再出発<秋野マジェンタ>

 学生時代のルームメートMのバイト仲間に、Kちゃんという子がいた。Mはバイトを始めた当初、Kちゃんがいかにバイト先の店長に人権蹂躙されているかを、まるで自分のことのように怒りを込めて、よく私に訴えていた。モラハラ、パワハラ、DVという言葉が巷で聞かれるずっとずっと前。
 店長とKちゃんは男女の関係にあり、2人の付き合いは、店の内外で公認だった。今思えばモラ男の典型であるその店長は、とにかく説教好きで有名で、「自分より格下」と判断すれば、相手が店の客でも偉そうな能書きを垂れた。また、閉店後に店のビールを抜いては、Kちゃんたちバイトに向かって、根性がどうの、オレが若い頃はこうだったのと、朝方まで何時間も彼らにからんでいたという。当然、バイトの学生たちは、勉学や交遊を理由(口実)に、早々と退散するようになったが、同棲しているKちゃんは、いつも最後の最後まで、「オマエのためを思って、言ってやってる」「オマエはオレの彼女だから、あえて厳しくする」という店長の罵詈雑言に、何時間も泣きながら耐えていたそうだ。
 プライベートでは、さぞや大事にされているのだろうと思いきや、そのうち「休みの日に店のお客さんに食事に誘われたのを、Kちゃんがなんとかごまかして断って、バイト君たち数名と飲みに行って羽目を外したら、次の日、店長に顔面を何度も殴られた」なんてエピソードも出て来た。さらに、「避妊しない主義」の店長に妊娠させられ、店長は、子供なんか産まれたら、自分のグリーンカードや出店の夢がおじゃんになるとでも思ったのか、「今は、お互い親になる時期ではない」とか言って、Kちゃんに堕胎を迫った。堕胎費用1500ドルのうち、店長は500ドルくらいを払ったらしい。妊娠のことを、店長はもちろん自分の親には言わず、Kちゃんの親にも「心配かけるな」と、堅く口止めした。ちなみに、店長の口癖は「オレが昔、身を粉にして働いてやったお陰で、親は今悠々自適な老後を過ごしている。だからオレは今、安心して海外生活出来る」。Kちゃんは堕胎したその日も、バイトに入った。Mは、Kちゃんに目を覚まして欲しいと、泣いた。
 その後、私はあの街を離れたが、Mの話では、間もなく2人は結婚。式はなし。指輪は、数十ドルのファッションリング。店長はKちゃんの親に向かって、「ボクがコイツを教育し直しました。」子供が生まれた時は、義母(店長の母)が手伝いに来たらしいが、店長は、Kちゃんが帝王切開を終え退院するやいなや、「オレの親にお茶入れろ。」「オレの親のご飯はどこだ?」「オレの親に、街を案内してやれ。」と命令口調。後には、義父(店長の父)への電話での対応が悪いと、子供を腕の中に抱きながら、夜中まで罵倒されたとか。数年前、2人が離婚したとMから聞いた時は、それでいいんだ、Kちゃん、幸せになりなよ~って、遠くから心から思った。
 先日、タイムズスクエアでKちゃんに再会した。あの頃の淋しそうで鬱屈した面影は微塵もなく、繊細さと剛胆さを兼ね揃えたような魅力的なKちゃん。きっとこれが本来の姿なのだろう。再会のつもりが、まるで初対面。別れ際になって、Kちゃんがキリリと言った。「最近ね、あの時おろした子供に名前を付けたの。自分が至らず死なせてしまった子供の、せめてもの供養になればと思って。」
 良い名前だった。
 帰りの電車で、私は生まれて初めて、他人のために嬉し泣きをした。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年12月26日号(vol.180)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-12-26 21:50 | オンナの舞台裏
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