vol.87/帰って来たアメリカナイズ<むかでのすきっぷ>

巨食症になる(5)
 少し話を戻すと、前出の“メタボ”、即ち『メタボリック・シンドローム』であるが、何故ご当地アメリカではあまり聞かれないのか、むかではちょっと不思議に思ったのである。
 少し調べてみると、実はこのメタボリック・シンドロームという言葉の発祥はご当地アメリカなのであって、この症例が学会で紹介された当初は、“Syndrome X”なんて格好良い名前で呼ばれていたのだが、その後あまり用語は巷に広まらず、現在でもこの症例を認知しているのは医療関係者にとどまっているのである。では何故この症例がおでぶ大国アメリカでは広まらなかったのか、謎は深まるばかりなのである。
 その理由のひとつは、この症例に効く有効な薬が開発されていない、という事があるのである。先にご紹介の通り、このメタボリック・シンドロームの方への有効な対策は、胃の手術以外は運動と食事制限がメインであり、夢の痩せ薬(アコンプリア)だってFDAの認可が下りていない現状では、医療の現場でのアドバイスは「運動して食事に気をつけてね、はい次の人」な訳である。これでは問題があってもなかなか用語は広まらないのである。
 もうひとつは、アメリカの抱える、もっと悲しい現実が原因である。
 皆さんは、堤 未果著『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書)を既にお読みになられたであろうか。
 そこには現代アメリカが抱える貧困層の悲しい現実が赤裸々に報告されているのである。
 一言で言えば、肥満になるのは、貧しいから、なのである。
 現在ご当地では、約6000万人が1日7ドルの収入で暮らしているという実態があるのである。(アメリカ内国蔵入局(IRS)調べ)
 太る、太らないを気にしている場合では無く、一家が食べて暮らして行けるか否かの方が死活問題な訳であって、マクドナルドならば、1日で一家5人が5ドルで食事を摂る事が出来るなら、皆選択の余地無く、それを食べて食い繋ぐしか無いのである。
 一方において、米国内の所得格差は広がる一方であり、富裕層と貧困層の所得格差は、1976年では36倍だったものが、1993年では131倍、2004年にはなんと431倍にもなってしまっている現実がある。フロリダで500票差で漸く当選決まった某大統領のスローガンが、もともと「リッチな人はよりリッチに、プア‐な人はよりプア‐に」だったら、今頃アメリカは地球温暖化を訴えるノーベル平和賞受賞者が善政を展開して下さっていたかも知れないのである。選挙公約は正直にして欲しい今日この頃である。
 さて、これら貧困層に対して、アメリカ政府連邦農務省(USDA)食品栄養局は、『フード・スタンプ・プログラム』と呼ばれる栄養補助プログラムを通して、貧困者に対して食料交換クーポンを発給しており、2007年度、政府はこれ(学校給食、その他の栄養摂取の為のプログラムも含む)に対して約1900億ドルの予算を当てているが、このフード・スタンプ・プログラムに対しては僅か250億ドル程度(2004年度)しか割当てが無いのが実態である。これを受給対象者(2004年:2000万人強、2006年では2500万人強)一人当たりに換算すれば、月額僅か100ドルにも満たない計算になるのである。これでは、ハンバーガーやマカロニチーズ、フライドチキン、ホットドックなどの、所謂“ジャンク・フード”しか購入する事が出来ないのは当たり前である。
 確かに、不十分ながら、命そのものはフード・スタンプで繋ぎ止める事が出来るかも知れないが、本章の副題でもある肥満への予防、即ち健康については別物であり、そこまでは保証されているとはとても言えないのである。
 悲しいかな、ご当地アメリカでは、健康も売り物であり、身の安全や教育と同様、富裕層から順番に、健康もお金で買う世界なのである。
 むかでは、ご当地では、自分の肥満をマクドナルドのせいにして訴えている人がいる、という新聞記事を以前読んだ事があるのである。その時は正直、「へぇー、アメリカっていうところは、自分の肥満も人のせいにして、訴えるような国なんだな、自業自得なのに、なんだか本末転倒でおかしな話だな」などと思っていた訳であるが、今ではその話は全く笑えないのである。この訴えの背景には、マクドナルドを始めとしたジャンク・フード・ショップでしか食事が買えず、それ以外には命を繋ぎ止めるすべを持たない、アメリカ貧困層の悲痛な叫びがあるのである。

 貧困である事が肥満に繋がり、疾病をひきおこして、ひいては早期死亡に繋がってしまうというこの悲しい現実を、もしも仮に米国政府が承知の上で容認しているとしたら、これはある意味、公的機関による優生保護政策の一環なのではないかとむかでは強く憂慮するものである。
 優生保護政策。もともとはイギリスのフランシス・ゴルトンが唱えた優生思想に影響を受け、1880年代以降、東ヨーロッパや南ヨーロッパからの移民を大量に受け入れたアメリカでは、彼等が言うところの“劣った人種”であるカトリック系移民やユダヤ人の出生率の高さが、アメリカ社会を劣者繁栄の脅威に晒しているという主張が、支配階級であるWASP(White Angro‐saxons Protestant)により声高に叫ばれた時代があったのである。その後優生政策は、いつしか悪性遺伝要素の排除の思想に発展し、1900年代初頭には、『断種法』と呼ばれる法律まで全米各州で可決されるに至っている。1936年までに、この法律の下で断種手術を施された国民は、実に延べ2万人以上にのぼるのである。今でも大統領戦などにおいて、中絶の是否が問われるのも、道徳論や倫理観、宗教的教義上の見解からだけではなく、その背景はこれら優生政策に端を発しているものとむかでは理解しているのである。

 フード・スタンプ・プログラムの受給対象者数は、今年更に絞り込まれている。
 貧富の差の拡大と、貧困層に対する政府施策の先細り…。
 アメリカの目指す自由と平等とは一体何なのであろうか。
 あなたは、この現実を、どう捉えますか?(なんだかいつもと違うエンディングだな)

 ああっ、今日はなんだかむしゃくしゃするので、マック・アタックしにお出掛ける事にするのである。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年12月26日号(vol.180)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-12-26 21:51 | ご無沙汰むかで
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