vol.145/センチメンタルジャーニー<Takaki Matsumura>

 この号でtocotocoが終わる。思えば、発行人のK氏とお会いしたのは、7、8年も前のことだった。当時、私は、アートスクールに通う学生で、水彩画やイラストなどを見てもらいにK氏のもとを訪ねた。“また、ニューヨークで夢を語る変な子がきたなぁ”なんて印象だったことだろうと思う。その訪問からほどなくして、tocotocoにかかわらせてもらうこととなった。その間、tocotocoの配布や表紙の絵やデザイン、いろいろとやらせてもらった。とんでもない迷惑をかけたこともある。それでも、K氏は私を使ってくれた。いろいろなことを教わった。学校の授業なんかよりも私の人生には大きな影響を与えてくれたのである。

 2年くらい携わった後に私は日本に帰国した。今はこうして日本から原稿を送っている。時に大阪の大動脈・御堂筋のスターバックスから、時に出張先のホテルから、2週間に1度。その生活もとりあえずのところ、今回で最後となる。
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「センチメンタルジャーニー」を聴いてもまったくセンチメンタルにならない私だが、今回は少しセンチメンタルな気持ちである。何かが始まると、必ずそこには終わりというものが存在する。だからこそ、その一瞬に美しくいたいと思うのが人間というものだろう。一度しかない人生だから、悔いのない一生を送りたいということは、つまりそういうことなんだろうと思う。K氏がその昔、私に語った「一度きりだからこそ美しい」という言葉が、今ようやく実感できたような気がする。このtocotocoがどのような経緯で終わるのかは知らない。たとえそれが、美しくない終わりだったとしても、私にとってこの出会いというのは間違いなくいいものだった。私の駄文を除き、このtocotocoを手に取り、読んでいた読者の皆さまは、やはり素晴らしい出合いを果たしたはずである。できれば続いて欲しいと思うが、いったん皆さまとはお別れすることになる。毎回お付き合いいただいた方々にこの場を借りて感謝を申し上げたい。ありがとうございました。2009年にはまた新しい出会いが待っている。その出会いが始まれば、そのまたいつか、別れが待っている。しかし、それは、美との出合いでもあり、その繰り返しが人生なんだろう。この先、そんな出合いが何度来るかはわからないが、私や読者の皆さまにK氏との再会が訪れることを今は願いたい。

tocotoco読者の皆さま、そして、関係者の皆さま、ありがとうございました。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年12月26日号(vol.180)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-12-26 21:52 | Kamakiri no ashi
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