カテゴリ:ご無沙汰むかで( 66 )

vol.87/帰って来たアメリカナイズ<むかでのすきっぷ>

巨食症になる(5)
 少し話を戻すと、前出の“メタボ”、即ち『メタボリック・シンドローム』であるが、何故ご当地アメリカではあまり聞かれないのか、むかではちょっと不思議に思ったのである。
 少し調べてみると、実はこのメタボリック・シンドロームという言葉の発祥はご当地アメリカなのであって、この症例が学会で紹介された当初は、“Syndrome X”なんて格好良い名前で呼ばれていたのだが、その後あまり用語は巷に広まらず、現在でもこの症例を認知しているのは医療関係者にとどまっているのである。では何故この症例がおでぶ大国アメリカでは広まらなかったのか、謎は深まるばかりなのである。
 その理由のひとつは、この症例に効く有効な薬が開発されていない、という事があるのである。先にご紹介の通り、このメタボリック・シンドロームの方への有効な対策は、胃の手術以外は運動と食事制限がメインであり、夢の痩せ薬(アコンプリア)だってFDAの認可が下りていない現状では、医療の現場でのアドバイスは「運動して食事に気をつけてね、はい次の人」な訳である。これでは問題があってもなかなか用語は広まらないのである。
 もうひとつは、アメリカの抱える、もっと悲しい現実が原因である。
 皆さんは、堤 未果著『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書)を既にお読みになられたであろうか。
 そこには現代アメリカが抱える貧困層の悲しい現実が赤裸々に報告されているのである。
 一言で言えば、肥満になるのは、貧しいから、なのである。
 現在ご当地では、約6000万人が1日7ドルの収入で暮らしているという実態があるのである。(アメリカ内国蔵入局(IRS)調べ)
 太る、太らないを気にしている場合では無く、一家が食べて暮らして行けるか否かの方が死活問題な訳であって、マクドナルドならば、1日で一家5人が5ドルで食事を摂る事が出来るなら、皆選択の余地無く、それを食べて食い繋ぐしか無いのである。
 一方において、米国内の所得格差は広がる一方であり、富裕層と貧困層の所得格差は、1976年では36倍だったものが、1993年では131倍、2004年にはなんと431倍にもなってしまっている現実がある。フロリダで500票差で漸く当選決まった某大統領のスローガンが、もともと「リッチな人はよりリッチに、プア‐な人はよりプア‐に」だったら、今頃アメリカは地球温暖化を訴えるノーベル平和賞受賞者が善政を展開して下さっていたかも知れないのである。選挙公約は正直にして欲しい今日この頃である。
 さて、これら貧困層に対して、アメリカ政府連邦農務省(USDA)食品栄養局は、『フード・スタンプ・プログラム』と呼ばれる栄養補助プログラムを通して、貧困者に対して食料交換クーポンを発給しており、2007年度、政府はこれ(学校給食、その他の栄養摂取の為のプログラムも含む)に対して約1900億ドルの予算を当てているが、このフード・スタンプ・プログラムに対しては僅か250億ドル程度(2004年度)しか割当てが無いのが実態である。これを受給対象者(2004年:2000万人強、2006年では2500万人強)一人当たりに換算すれば、月額僅か100ドルにも満たない計算になるのである。これでは、ハンバーガーやマカロニチーズ、フライドチキン、ホットドックなどの、所謂“ジャンク・フード”しか購入する事が出来ないのは当たり前である。
 確かに、不十分ながら、命そのものはフード・スタンプで繋ぎ止める事が出来るかも知れないが、本章の副題でもある肥満への予防、即ち健康については別物であり、そこまでは保証されているとはとても言えないのである。
 悲しいかな、ご当地アメリカでは、健康も売り物であり、身の安全や教育と同様、富裕層から順番に、健康もお金で買う世界なのである。
 むかでは、ご当地では、自分の肥満をマクドナルドのせいにして訴えている人がいる、という新聞記事を以前読んだ事があるのである。その時は正直、「へぇー、アメリカっていうところは、自分の肥満も人のせいにして、訴えるような国なんだな、自業自得なのに、なんだか本末転倒でおかしな話だな」などと思っていた訳であるが、今ではその話は全く笑えないのである。この訴えの背景には、マクドナルドを始めとしたジャンク・フード・ショップでしか食事が買えず、それ以外には命を繋ぎ止めるすべを持たない、アメリカ貧困層の悲痛な叫びがあるのである。

 貧困である事が肥満に繋がり、疾病をひきおこして、ひいては早期死亡に繋がってしまうというこの悲しい現実を、もしも仮に米国政府が承知の上で容認しているとしたら、これはある意味、公的機関による優生保護政策の一環なのではないかとむかでは強く憂慮するものである。
 優生保護政策。もともとはイギリスのフランシス・ゴルトンが唱えた優生思想に影響を受け、1880年代以降、東ヨーロッパや南ヨーロッパからの移民を大量に受け入れたアメリカでは、彼等が言うところの“劣った人種”であるカトリック系移民やユダヤ人の出生率の高さが、アメリカ社会を劣者繁栄の脅威に晒しているという主張が、支配階級であるWASP(White Angro‐saxons Protestant)により声高に叫ばれた時代があったのである。その後優生政策は、いつしか悪性遺伝要素の排除の思想に発展し、1900年代初頭には、『断種法』と呼ばれる法律まで全米各州で可決されるに至っている。1936年までに、この法律の下で断種手術を施された国民は、実に延べ2万人以上にのぼるのである。今でも大統領戦などにおいて、中絶の是否が問われるのも、道徳論や倫理観、宗教的教義上の見解からだけではなく、その背景はこれら優生政策に端を発しているものとむかでは理解しているのである。

 フード・スタンプ・プログラムの受給対象者数は、今年更に絞り込まれている。
 貧富の差の拡大と、貧困層に対する政府施策の先細り…。
 アメリカの目指す自由と平等とは一体何なのであろうか。
 あなたは、この現実を、どう捉えますか?(なんだかいつもと違うエンディングだな)

 ああっ、今日はなんだかむしゃくしゃするので、マック・アタックしにお出掛ける事にするのである。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年12月26日号(vol.180)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-12-26 21:51 | ご無沙汰むかで

vol.86/帰って来たアメリカナイズ<むかでのすきっぷ>

巨食症になる(4)
 さて、胃が拡大しようが、垂れ下がろうが、ねじれようが、満腹中枢があろうが無かろうが、理由はともあれ、おでぶになっちゃった場合の治療法についてもここで少し考察してみたいのである。所謂、肥満を治す方法であるが、これは多種多様のアプローチがあるのも皆様ご存知の通りである。例えば運動をして摂取カロリーを消費しようという方法がある訳であるが、これは正直、大変×高さ÷2(等脚台形の面積を求める場合は“大変”のところは“対辺”を用いて計算する)なのであって、運動なんか下手に始めると、今度は体が元気になるわ、食欲は逆に増してしまうわで、計算通りの減量効果は期待出来ないのである。(注:中にはこれで減量に成功されている意思の強い方もおられるのであるが。)
 次に食事量の制限もある。成人の一日の摂取カロリー(約2000~2500Kcal)を下回る食事を摂り、痩せようとする企画であるが、これも正直、始終お腹が減っていて辛いし、あまり過酷な食事制限をすると、日中フラフラになり、命かげろう状態で亡霊のように生活しなければならなくなるのである。中には、長期間の空腹からもたらされるストレスが引き金となり、ダイエットが断念されて通常の食事に戻ってしまい、結果的には以前よりも肥ってしまうという、“リバウンド現象”に陥る人も居るのである。このリバウンドのおっかないところは、それまでのダイエットが災いして、少ない量の食事でもそこから栄養を吸収しようとする体質に変わってしまっている事であり、この状態でどか食いでもしようものなら、実に短期間でマシュマロマンみたいになってしまう事が出来る訳である。
 第3の方法は、お薬を飲むという手である。例えば、2006年、イギリスで発明され、EUを含む世界37ヶ国で販売されている“夢の痩せ薬”とも呼ばれている『アコンプリア(主成分:リモナバン)』(現在日本では未認可、米国でもFDAから批判が出ていて同じく未認可)などは、脳の神経組織にある、カンナビノイド受容体(CB1)の働きを阻害する事で、食事を摂りたい気持ちを抑え、結果的に一日の摂取カロリーを抑える事により、ダイエットを成功させようとするもので、前述の食事制限を自力で出来ない方への補助薬品という位置付けなのである。ところでこの薬、そもそもはマリファナの研究が発展して出来たものである事を知っておいて頂きたいものである。そう言えば、TVなんかで見る麻薬中毒患者には、太った人をほとんど見かけない気がするのであるが、本当はマリファナなどのカンナビナイトを常用する人は、食欲が増して太って来るらしいから、痩せるのは中毒症状が出た後に来る食欲減退にあるらしいのであるが。太ったとしても痩せたとしても、研究者はきっとこの辺の因果関係事に気がついて新薬開発を企画したに違い無いのである。
 第4の方法は極めつけである。胃を手術して、事実上小さくしちゃう(拡張出来ないようにする)という荒療治である。
 これは“Bariatric Surgery”と呼ばれるもので、通称“胃のバンディング術”などとも呼ばれているものであるが、簡単に言っちゃえば、胃のバイパス手術をしたり、胃にリングやバンドを巻いて胃の拡張を制限する方法なのである。胃のバイパス手術は、言い方を変えれば人間を金魚さんと同じ構造にしてしまうというものだし、胃にバンドをつける手術は、中世ヨーロッパの貴婦人達が着用されてたコルセットを胃につけてしまうというものだとご理解頂ければ当たらずとも遠からずである。
 この手術は効果てきめんらしく、特に肥満が激しくなった方の中には、手術前に200Kg近く体重があった方が、術後数ヶ月で100Kgも体重を落とされたという実例もある位である。

 そう言えば最近、日本の厚生労働省でも、各企業に対して『メタボ検診』なるものを義務付けたという話を聞くのである。お腹が出た中年男性のウェストを測って、一定以上のサイズとなると、警告を出し、運動や食事制限を会社側から通達するという、なんともはや国民思いのご親切な制度なのであるが、何故そんなにお国は親切なのかな、と思ったら、やはり世の中そんなに甘くは無かったのである。要は、日本の健康保険制度の問題が裏にある訳で、日本もご他聞に漏れず、肥満が原因で起こる疾病による医療費の国家負担をなんとか減らそうというのがその目的なのだと言う事が分かっちゃったのである。それに加えて、社員達が一定期間内に国の定める基準に達していない事がばれると、罰金などのペナルティが課されるというからかなわないのである。きっとそのうち、会社側も保身策として、おでぶの社員を首にするとか、標準体型でないので採用をしない、などという対策を講じるところも出て来るのではないか。
 確かにこれに似たお話は、ご当地アメリカにもあって、例えば喫煙による肺疾患患者に対する国(州)の医療費補填額のかなりの部分が喫煙者の疾病治療に対するものである事から、国側(州)が煙草会社を訴えるというケースまであるのである。むかでは未だに愛煙家の一人なのであるが、それにしても、禁煙出来ない人からは高い税金巻き上げるし、禁煙者が増えれば増えたで医療費負担が減るしと、どちらに転んでも儲かる仕組みを導入してしまうご当地の政府は、日本の鎌倉時代の地頭並みのあくどさを感じるのは私だけだろうか。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年11月28日号(vol.179)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-11-24 23:57 | ご無沙汰むかで

vol.85/帰って来たアメリカナイズ<むかでのすきっぷ>

巨食症になる(3)
 成人の胃のサイズは、通常本人の握りこぶし大の大きさなんだそうであるが、最大膨らんで成人男子の場合、約1400~1500cc程度になるそうである。
 胃拡張とは、本来胃の内容物が十二指腸にスムーズに移動出来ない状態が続く事によって起こるものなのである。
 生物学の理論で、『アロメトリー』(Allometry)というのがあって、これは生物の特定の器官のサイズが変わる事によって、プロポーションや寿命、代謝率などが変わって来るという学説なのであるが、この理屈によれば、胃のサイズが変わって来ると、当然それに従って体型も変わって来るという事になる訳で、大変失礼ながら、体重が200Kg位にまで肥満してしまった方の胃は、相当肥大していると思われるので、それに合わせた外見の変化というのが認められるのではないかと思うのである。そう言えば、なるほどそれらの方々の体型というのは、何故か映画『スターウォーズ』に出て来るジャバ・ザ・ハットに似て来るというのはものの道理という事になるのである。
 然し、とっても沢山食べるくせに、何故か痩せている方というのも居られる訳で、世間ではこの種の方を『痩せの大食い』と呼ぶのであるが、これは一体何故なのだろうか。
 むかでは当初この問題は、ご本人の胃拡張のせいだとばかり思い込んでいたのであるが、どうやら違うのであって、この現象は、ご本人の胃の形状に関係しているらしいのである。要は胃下垂の方が痩せているのである、というお医者さんの見解があるのであって、胃下垂だとどうして太らないかと言うと、胃下垂の方の場合、腸との境目である胃の弁の部分が、下垂した胃の圧迫により正常に機能しなくなって、十二指腸への弁が開きっぱなしとなり、食べたものが胃から腸にストレートに運ばれてしまう為、あまり胃での消化がされずに、結果最後の砦(この門は見る事が出来るが)まで未消化で通過してしまい易いのよ、という事らしいのである。より正確に言うならば、胃下垂だから痩せるのではなくて、痩せているから胃下垂になり易いという関係にあって、痩せている方は太ろうと思って一所懸命食べたとしても、胃下垂だから太れないのよ、残念でした、の関係にあるらしいのである。しかしこの胃下垂は、日本の女性の場合は実に3分の1の方がその気があるというから驚きではないか。女性の場合には、モデルさんのようにスリムな体型を志向される方が多いだろうが、痩せてるから太らないんだよ、と言われた日には、ダイエットのし甲斐が無くなっちゃう研究報告でもあって、これまたお気の毒な限りなのである。

 余談であるが、人類の胃下垂に非常に近い胃の構造を持っている動物は何か、ご存知だろうか。それは、金魚さんなのである。金魚さんを代表とする、コイ科(鮒とか鯉)の仲間達は、胃が無いのである。胃が無いので、食べ物を溜めるところが無く、そのまま食べたものは腸に流れて行ってしまうので、胃で消化が進まないという意味からすれば、胃下垂の方と金魚さんは、内臓の構造が似通っている訳であるが、金魚さんの場合には、胃下垂のように胃が垂れているのではなくて、本気で胃が無いのであるから、そもそもそんなに沢山のものを一辺に食べる事が出来ない動物なのである。なので、金魚さんを大きく育てようと思って一度に沢山の餌をあげるのは禁物なのである。
 むかでも一時期、観賞用として金魚さんを飼っていた事があるが、その愛くるしい容姿とは裏腹に、うんちの切れが悪いのはどうも頂けないと、常日頃、眉をひそめていたのであるが、彼等の体の秘密を知ってしまってからこのかた、ある種憐憫(れんぴん)の情をもって長いうんちを眺められるようになったのである。

 ところでそもそも人間は、どうやってお腹が一杯だと感じて食べるのを止める事が出来るのだろうか。胃は、人の満腹感を感じる為の器官でもある訳であるが、何故お腹一杯だと感じるかと言うと、それはちゃんと体にはお腹一杯を感じるセンサーが付いているからである。きっとそれはむかでがご幼少の頃、工夫クラブ(小学校内の天才発明家の集まりとでも理解頂ければ分かり易い)で作成した『お風呂ブザー』の構造に酷似しているに違い無いのである。但し、人間の体のお風呂ブザーの場合には、未だその構造が完全には明らかになってはおらず、現在でも諸説が唱えられているが、従来までの有力説は、脳の視床下部というところにある満腹中枢と、飢餓中枢というところの調整具合で決まるのであると言われていて、これは血中のグリコーゲンの量によるのよと、この40年間ずっと信じられて来たらしいのである。だが最近では、どうやら体内で分泌されるホルモンによって摂食量がコントロールされているという説が有力視されているのであって、名前は『レプチン』という食欲を抑制しちゃう物質と、『グレリン』というレプチンの作用自体を抑制する物質の2つが、脳の満腹中枢への刺激を制御しているという事らしいのである。
 むかでは、ご幼少の頃から、わんちゃん(犬)には満腹中枢が無いから、面白がって沢山餌をやるとお腹が破裂するほど食べるので、餌は一度に沢山あげない事と、おたあさま(注:お母様の事)から教わった記憶があるのだが、どうやらわんちゃんにもいろんな種類が居て、満腹をすぐに感じる種類も居れば、そうでなく無限大に食べる種類も居るという事に最近気付いたのであって、寧ろ沢山餌をあげちゃ駄目なのは金魚さんなのであり、こちらは間違いの無い話なのである。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年11月14日号(vol.178)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-11-13 06:28 | ご無沙汰むかで

vol.84/帰って来たアメリカナイズ<むかでのすきっぷ>

巨食症になる(2)
 ところで皆さんは、『Supersize Me』という映画をご覧になられただろうか。この映画は、2004年5月に発表されたのであるが、映画に出て来る主人公モーガン・スパーロックが、“マック・アタック“と称して、1日約5000Kcalのマクドナルド・メニューを毎日食べ続けるという企画である。一体人間はマクドナルドの食べ物を食べ続けると、どんなになっちゃうのかしら?という素朴な疑問にお応えすべく、勇敢な主人公がチャレンジしたというノン・フィクションである。
 因みに普通の成人の摂る1日の必要カロリーは2000~2500Kcalと言われているのだから、このアタックはその2倍に匹敵している訳であり、フツーに考えれば、どんどん太って来るに違い無いのである。又、彼が作ったルールによれば、お店の人からスーパーサイズを勧められたら、必ずスーパーサイズを注文しなければならないという、大橋巨泉先生司会のクイズ番組『クイズ・ダービー』の倍率アップさながらの危険なルールなのである。案の定、この主人公は、実験開始後、約1ヶ月で体重が84Kgから95Kgとなり、体脂肪率も11%から18%になり、明らかにおでぶさんになってしまったのである。然しこの映画はそれにとどまらず、収録の最後の頃には、性欲減退や肝機能障害に陥るなど、様々な関連疾病を引き起こす結果となったというから、おっかない話である。
 まぁ一言で言えば、西洋版“黄金伝説”な訳であるが、それにしても、命の危険が危ないところまで突き詰めちゃうという体当たり企画には脱帽であるし、きっと日本のメディア関係者も驚かれたに違い無いのである。そう言えばむかでも昔日本で、カップ・ヌードルを1ヶ月連続で食べると高脂血症や肝臓障害を起こすと言う話を聞いた事があるのである。
日本ラーメン協会副理事長で、“ラーメン王”として知られた武内伸(たけうち・しん)さんが本年7月、肝硬変のためお亡くなりになられたのだが、彼は医師の忠告も聞かず、一日三食、毎日ラーメンだけを食べ続けられ、人生通算で4000食のラーメンを食されたのだそうである。半生を賭してラーメンを極められるなぞ、並の人間には出来る事ではないのである。そのご尽力に敬意を表すると共に、改めてご冥福をお祈りしたいのである。

 しかし、むかでの場合には、武内さんのようなポリシーも無く、単純にご当地でスーパーサイズなお料理に舌鼓を打っているから慣性的に食事量が増え、結果太ってしまっただけなのであるが、中には精神的なストレスなどで食事量が増えてしまう方々もおられるようである。そもそもこの“巨食症”は、医学的には『神経性大食症』(Bulimia Nervosa : BN)と呼ぶらしい。あのエルトン・ジョン先生などもそうらしいし、カレン・カーペンター女史などは、拒食症になっただけでは無く、時折訪れる巨食症発作にも悩まされておられたというからお気の毒な限りである。又、ダイアナ妃なども、昨今では英国ゴシップ誌などの暴露記事などでご案内の通り、古式ゆかしい英国王宮での窮屈な生活や、馬面の癖に女癖の悪い旦那のせいで心労が絶えず、巨食症に陥ってしまったという話もお聞きするのである。又、幼児などの時期に虐待などを受けた方は、潜在的にBNになり易いとも言われている。きっと虐待による精神的ストレスを、食欲に転化する事によって発散しようとする人間の自然な行為なのかも知れない。

 このように、人類の食習慣や肥満を考えてゆくにつれ、むかではひとつの疑問にぶつかったのである。それは、“胃拡張って一体何なのか”である。その辺をひとつ、深掘りしてみたいのである。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年10月31日号(vol.177)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-10-31 09:40 | ご無沙汰むかで

vol.83/帰って来たアメリカナイズ<むかでのすきっぷ>

巨食症になる(1)
 今回のテーマは、“巨食症”であって“拒食症”ではない事にご注意頂きたいのである。
 ご当地で、何でもひとまわり大きな皿でお料理を頂いていると、日頃の鍛錬よろしく、だんだんとお三度の食事量が多くなって来て、例えば渡米当時はとても一人では食べらなかった16オンスのステーキが、いつの間にか平気で食べられるようになって、それにも飽き足らずに、付け合せのポテトなんかもぜーんぶ食べられるようになってしまい、デザートにチーズケーキなんか注文した挙句、しまいには子供の食べ残しまで平らげてしまう事が出来るようになるのである。そんな事気にせずに、何年もそんな右肩上がりのインフレ食事量をこなしていると、あらあら不思議、いつの間にか履いているズボンが縮んで来る、という不思議な現象を体験出来るようになるし、友人からも「人間丸くなったね」などとお褒めの言葉も頂けるようになるのである。
 言うまでも無く、ご当地アメリカでは、そもそも一皿あたりの食べ物の量が多いのに加えて、料理自体のカロリーも高いものが多く、日本のように、小腹が空いた時に食べれる駅のかけそばやさんも見当たらない事から、一般的に肥満になり易い環境にあると言えるのである。もっとも、日本人の平均体型が、アングロサクソンを始めとする欧米の方達のサイズとは異なるので、彼等にとっては普通でも、我々にとっては“てんこ盛り”な量になってしまうという事も又、事実なのである。
 しかし、人間の環境に対する適応能力というのは計り知れず、たーくさんの料理をまーいにち食べ続けていると、いつの間にか胃も伸びて大きくなるようで、いつのまにか沢山食べないと空腹感すら拭えない体になってしまうのだから不思議である。

 このように、むかでのようないたいけな中年日本人を、いとも簡単におでぶにしてしまう食環境のご当地ではあるが、そもそもこちらの原住民達には太り過ぎの問題は無いのだろうか。「そこんとこ、どうなのよ?」という素朴な疑問が湧いて来るのは自然の摂理というものである。
 あぁ、やっぱり。むかでが思った通りである。普段町でお見かけする地元の皆さんを拝見して感じていた通りの調査結果が、ここにあるのである。
 皆さーん、それでは発表します。ご当地アメリカでは、国民の実に3分の1は“おでぶ”なのです。
 因みに肥満の人の多い州トップ3は、1位ルイジアナ州、2位ミシシッピ州、3位はウェスト・バージニア州らしいが、今や肥満の傾向は上記3州にとどまらず、米国全土の問題となっているというのである。
 もう少し詳細に説明すると、現在1億3000万人以上のアメリカ人が標準体重を超えており、その内6000万人が肥満の領域に、更にその内900万人が極度の肥満という現状にあるのである。そして、年間15万人以上のアメリカ人が肥満が原因で死亡しているという驚くべき事実も浮き彫りになって来るのである。病院に行って、死亡診断書の死因の欄に、「おでぶだったから」なんて書かれてしまった日には、ちょっと格好悪くてお墓の中でも居心地が悪いのに違い無いのである。又、ご当地では、最近生まれた子供達の2人に1人が将来いつか糖尿病に罹る、という不安な調査結果も出されているのである。ご当地の肥満問題は、将来に亘って深刻さを増して来るのであるから、笑えないのである。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年10月17日号(vol.176)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-10-18 07:25 | ご無沙汰むかで

vol.82/帰って来たアメリカナイズ<むかでのすきっぷ>

話し言葉に横文字が増える(4)
 そんな事いつあったの?と疑問をお持ちの方にちょっとだけ解説しちゃうと、実はそのムーブメントは大きく二度あったのである。
 最初は明治初頭の20年間、その次は第二次世界大戦の終戦直後なのである。
 明治初頭の日本は、ご存知の通り文明開化の嵐の真っ只中にあり、西洋文明の積極的な摂取気運と相俟って、日本古来の風習・文化が軽視される事になっていた訳であり、その中において漢字を用いた日本語の抜本的な見直しも叫ばれ、西洋と同じアルファベットを用いて日本語を再構築しようという議論が盛り上がったのである。その主な提唱者は、“日本郵便の父”とも言われる、あの前島密なのである。正確には彼の運動は、幕末の将軍徳川慶喜に対して『漢字御廃止之義』を上提した事から始まるのであるが、彼は長崎に遊学中、同地で知り合ったアメリカ人宣教師のウイリアムという人物に、如何に漢字を用いた表記は難解且つミス・コミュニケーションを誘発し易いかを解かれ、西洋文明に遅れをとった原因のひとつがこの漢字利用であると確信を持った彼は、漢字を廃止し、国語の抜本的改革を実行する事を提言したのである。
 更に、1885年(明治18年)には、地球物理学者でもあり、東京帝国大学の教授でもあった田中館愛橘により、日本語をいっそローマ字にしちゃおうよ、という提案すらされているのである。
 次のムーブメントは、ご存知第二次世界大戦後に起こったものである。
1946年3月、連合国により占領された日本に対して、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)の要請によりアメリカ合衆国から派遣された教育使節団が、使節団勧告として、漢字の全廃とローマ字への統一を提言して来たのである。
 これは言ってみれば、アメリカが国を挙げて日本をアメリカナイズしちゃおうとする本格的なもので、伸びたスパゲッティでも食べれるようになる事をアメリカナイズと呼ぶむかでの論点とはスケールが違うのは既にお気付きの通りである。
 更に同年4月、志賀直哉は雑誌『改造』に「国語問題」を発表し、その中で「日本語を廃止して、世界中で一番美しい言語であるフランス語を採用しようよ」と提案したのである。これは大変である。こんな事が実現してしまったら、我々もラーメン屋入って食べ終わった後、『ボンソワ、お勘定シル・ブ・プレ』とか言わなきゃならないのである。(何故お勘定のところだけ日本語なのかは深く追求しないで欲しい)一体、フランス語が世界中で一番美しい言語だなんて、誰が決めたのかも怪しいものである。
 ところで近代においては、漢字廃止の動きは何も日本にとどまっておらず、近隣諸国においても既に廃止に踏み切った国があるのである。例えばベトナムでは1954年には既に漢字が廃止され、お隣韓国でも1970年に漢字使用の廃止宣言が出され、あの宇宙人が書くような文字に統一されているのはご案内の通りである。
 むかでが思うに、漢字だって長い時間をかけて中国から文化を摂取した必然的な結果なのだから、それを排斥までして日本語を再編成する事には疑問があるし、人間かけた時間(歴史)に比例した文化・習慣維持に対する慣性モーメント的なものが生まれるとも思われるので、そう簡単に文字文化をすげ替える事は難しいとも思うのである。又、漢字、ひらがな、カタカナを組合せ、柔軟に異文化を採り入れる事の出来る日本語は、ある意味日本人の知恵と工夫を象徴する、大切な文化財産なのではないだろうか。
 その点については既に、元駐日アメリカ大使でもあり、ハーバード大学日本研究所所長であったエドウィン・ライシャワー氏が、自著『ライシャワーの日本史 (Japan The Story of a Nation)』の中で、「日本人の良さは、模倣と創造にある」と指摘されておられる事でも裏付けられるのである。
 最後に、フランスの思想家シオランの名言をご紹介して本編を締めくくりたいのである。 彼はルーマニア出身で、後にフランスに亡命した人物であるが、彼の著作『告白と呪詛』の中でこう語っている。
「私達はある国に住むのではない。ある国語に住むのだ。祖国とは国語の事である。それ以上の何ものでもない。」
この言葉は、国語を恣意的にいじり回すと、日本人が日本人である事のレゾンデートルさえ失いかねない、という警告でもあるのである。
 異民族を受け入れ、国語を英語に統一して来たアメリカと、異民族を受け入れず、異国の文化のみを受け入れ、国語自体を変化させて来た日本は、ある意味対照的なアプローチではないかとも思われる。これは、国としての生い立ちの問題なのか、島国日本の持つ地理的な特異性に関係しているのか、それとも単一民族国家と複合民族国家の辿り付く結論の違いの問題なのか。むかではもうちょっと時間をかけて考えてみる事にするのである。
 そうそう、漢字の廃止と言えば、忘れてはならない一冊の本があるので、この際付録としてご紹介しちゃうのである。それは、井上ひさし著『東京セブン・ローズ』である。
 舞台は太平洋戦争直後の日本。戦争で肉親を失った、米兵相手の7人の売春婦が居た。人呼んで、「東京セブン・ローズ」。占領軍が日本から取り上げようとしている“大切なもの”を取り返す為に、彼女等は立ち上がるのである。その大切なものとは、“日本語”そのものなのである。この小説は、先にご案内した、アメリカによる戦後日本の国語抜本改革勧告にまつわる当時の事情が詳細に描写されているので、ご興味ある向きは、是非この一冊を手に取って頂きたいのである。
 この本を読んだら、きっとあなたも横文字多用する人を見ると、舶来趣味で『ペダンティック』な奴と思って嫌いになるのである。(pedantic:学問や教養をひけらかす様)
 あれ、そういうむかでも横文字使いまくりだし。衒学趣味~。非国民~。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年9月26日号(vol.175)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-09-26 06:12 | ご無沙汰むかで

vol.81/帰って来たアメリカナイズ<むかでのすきっぷ>

話し言葉に横文字が増える(3)
 さて、この氾濫する横文字を日本政府も黙って見過ごしている訳では無い事にも言及しておくべきかも知れない。
 日本の文部科学省には国語審議会という集まりがあって、氾濫する外来語を日本語に置き換える取組みもなされているのである。この組織は2001年、省庁改編により一度廃止されているが、実質的には文化審議会国語分科会が活動の内容を継承されておられるのである。彼等の取組みは議事録として一般公開されているものがあるので、御用とお急ぎで無い方は、一度日本の中央機関で横文字横行がどのように審議されているのかご確認頂きたい次第である。その中で、特にむかでが面白いと思ったのは、第22回審議会の議題のひとつである。その議事録を読むと、『敬意表現のストライクゾーンの拡大』というのがあるのである。議論の主旨は、老若男女、千差万別に語られる敬意表現があるのだから、何も厳密に正しい敬意表現を選ぶのではなくて、もう少し相手の言ってる感謝の表現を分かってあげようよ、とでもなるのであるが、むかでが笑ったのは、国語審議会でこれを扱うにあたって、わざわざ横文字で『ストライクゾーン』と銘打って議論してる事自体が滑稽なのである。横文字の日本語化を検討してる機関なら、『敬意表現の理解領域の拡大』とでもすればいかったのではないのか?ミイラ取りがミイラになってる気がする今日この頃である。
 更にシビアな見方をすれば、横文字横行の弊害の一つには意味の多様性(いろんな解釈が出来てしまう事)がある訳だが、一方においては表現のゆとりと幅、理解する側の受け止める余裕を議論している人達が、こと横文字に関しては適切な日本語に置き換えようと議論をしている事自体、何か矛盾していないか、という事なのである。横文字にもストライクゾーンを広げてあげてもいいのでは、という議論に何故ならないのであろうか。

 横文字の輸入に関しては、周囲の国の事も気になるところであるが、お隣中国を例にとれば、ご存知の通り、彼等は今でも横文字、所謂外来語は全てその意味を吟味した上で、常用漢字約7000字に置き換えられて使われている訳であり、今でも新しい単語は続々とそれらの組合せで登場してる訳である。そこへ行くと日本の場合は、便利なカタカナというものが発明されていて、新手の外来語が輸入されても、変な漢字の組合せによる新語は生み出されず、全てカタカナで表現する事が可能なのである。
 むかでは常日頃、この仮名の発明と利用というのが日本語の大きな特徴だと思ってるのである。
そもそもこのカタカナというのは、9世紀の初め、即ち平安時代に漢文を訓読する為に漢字の一部を用いて開発されたのがその発祥であり、ご存知、吉備真備が発明したのだというのが俗説である。その後、明治維新を経て、西洋文明と共に外来語が大量に日本に入り込む様になってから、これらの外来語にこのカタカナを当てはめるというのが一般化したのであって、元々は漢字を読む為に使われたものが転じて、近世になり外来語の読み・書きに利用されるようになったという経緯があるのである。
 ここでむかでが強調したいのは、日本においては10世紀以上も前から、既に海外からの言語を取り込む為の文字セットが用意されていた、という事であり、これは言い方を代えれば、日本語は外来文化を摂取する為の“のりしろ”を昔から持っているのよ、という事なのである。なので、最近の日本人が外来語を多用する事を如何なものかと思われる向きに対しては、いやいや、日本は昔から外来語とおつきあいして来たし、もともと日本には古くから横文字を採り入れる体質と技法があり、なにも洋行帰りの日本人に限らずとも、ハイブリット型(漢字と仮名の組合せ)の言語を駆使する事で独自の文化を形成してきた国なのよ、とご説明出来る訳なのである。

 このように、中国系文字に独自の平仮名を加え、更に外来語に対する受け皿であるカタカナを備えて日本語は成り立っている訳であるが、そんな使い分け面倒だし、いっその事漢字なんか廃止しちゃって日本語をもっとシンプルにしようよ、という大胆な動きがあった事も過去の歴史においては消し難い事実なのである。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年9月12日号(vol.174)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-09-09 10:18 | ご無沙汰むかで

vol.80/帰って来たアメリカナイズ<むかでのすきっぷ>

話し言葉に横文字が増える(2)
 また、会社内での会話だってそうである。最近では『オトナ語』とか言う本迄出ているようで、学生時代には使いもしなかった横文字が、会社には一杯あるのよ、という内容なのであるが、ほんの一例を挙げれば、最近流行りの『コンプライアンス(法令遵守)』から始まって、『クライアント(お客様)』、『コンセンサス(同意)』、『コンテンツ(内容)』等々、たぁくさんの横文字が日本の会社では飛び交っているのである。
 政治の世界でも横文字は氾濫してるのである。特に最近有名なのは、元安倍晋太郎首相のスピーチであって、やたらと横文字が多用されていたのは記憶に新しいのである。『イノベーション(革新)』、『戦後レジーム(体制)』、『ホワイトカラー・イグゼンプション制度(残業代ゼロ法案)』、『地域活性化ナビゲーター(伝導師)』、『フィージビリティー・スタディ(可能性調査)』、『プロパガンダ(宣伝)』、『カントリー・アイデンティティー(国としての独自性)』などなどである。なんだか、最近の国会では横文字使わないと法案通らないのか。若さや国際性を売りに得票数獲得のが目的で使うのは勝手だが、こんなのテレビで聞かされたお年寄りは本当に分かっているのだろうか疑問なのである。
 気が付いたら、日本は横文字天国になってましたのよ、の巻なのであるが、それではどうして皆そんなに横文字を使うようになっちゃったのかな、というのがむかでの素朴な疑問なのである。
 良く言われるのは、日本が島国で、鎖国生活が長かった事もあり、外国文化との交流が断続的であった為に、国民全体に海外モノ、舶来モノへの好奇心や憧れの気持ちが強い、という事が背景となって、有り難く頂いた文化を受け入れてもてはやす、という風潮があるという点である。又、これが転じて、特に若者層には横文字=カッコイイという方程式も出来上がっているとも思われる。この辺は文化後進国の純粋かつ前向きな姿勢を感じる訳であるが、言い方を変えれば横文字文化に対する劣等感の裏返しとも言えなくは無い。
 場合によっては、日本語では直接表現になり過ぎて、身もふたも無くなってしまうところをオブラートに包んで表現しちゃおう、という使い方もあるのである。例えば、『ニート(就職浪人)』とか、『オペレーター(操作員)』、『パラサイト・シングル(学卒後も親と同居し、生活を親に依存している未婚者)』などはそうではないだろうか。
 あるいは、単語一語に複数の意味があるという性質が、日本語(あるいは日本人)の持つ曖昧表現に微妙にマッチしており、受け入れられ易かったという事情もあるかも知れない。しかし、中にはこれを逆手に取った確信犯的な輩も居て、輸入された横文字の意味が幾通りにも取れる事から、相手への意思伝達上、意味をごまかす目的で意図的に横文字を利用する人達も出て来るのである。聞き手の方も又、周囲の顔色や理解度を伺いつつ、意味するところが今ひとつ分からないのに納得してしまう、又は分かったような気になり、その場をやり過してしまうのだから、相手の思う壺と言えばそうなのである。
 哲学者であり、京都大学の名誉教授でもあった碩学、田中美知太郎氏は、「ギリシャの哲学者は難解な言語を忌避し、日常誰でも使っている平易な言葉を使ったものだ」という主旨の事を語っておられるが、本当に言ってる事が分かって欲しかったら、誰でも分かる平易な表現で伝える事が肝心なのではないか。この観点から、良く横文字を多用する人は、逆にコミュニケーション能力が低い、などとも言われてしまう所以があるのである。
 ところで、この手の煙幕攻撃を駆使する事に長けている方達と言えば、やはり政治家の皆様かも知れない。庶民の代表の代議士様達が、コミュニケーション能力が低いというのも皮肉な話である。これに加えて、先にご説明の通り政治家の場合には、若さ・国際性というイメージ戦略の道具としても横文字を使うきらいがあるのだから更に困りものである。加えてこれまた我々を悲しい気持ちにさせるのは、横文字を使う事で自分の博学をひけらかす、所謂“衒学趣味”のかっこ付け連中の濫用が、横文字横行を助長しているとも言える今日この頃である。
 これらを象徴するような話で、意味が今ひとつ分からないのに納得してしまう、という現象をシニカルな事件にしてしまった人がいるのをご存知だろうか。そのご本人とは、アラン・ソーカルというニューヨーク大学の物理学教授なのである。彼は1994年、無意味な数式を羅列した全く意味のない論文を、当時最も権威ある雑誌と評価の高いソーシャルテキスト誌に投稿したのである。ところが、それが投稿内容のまま掲載されるや、彼はそれが全くのでたらめな内容である事を公表し、全世界を驚かせたのである。
 これが所謂『ソーカル事件』と呼ばれる珍事件なのだが、彼の真の狙いは、フランスなどの現代思想家たちの衒学趣味と欺瞞性を明らかにし、彼らの姿勢をその根本から批判しようという試みにあったのである。同氏は後にその狙いについて「思想家が数学や物理学をその意味を理解しないまま模倣していることへの批判だった」と語っているのである。その論文に用いた数学らしき記号の羅列は、数学者でなくとも自然科学の高等教育を受けた者なら、それがいい加減なものであることはすぐに見抜ける程、お粗末なものだったが、実はそれらは、著名な思想家たちが論文として発表している記述をそっくりそのまま抜粋・引用したものだったのである。(詳細は同氏著『「知」の欺瞞』(Impostures Intellectuelles、「知的詐欺」をご参照されたい) このように、しかつめらしい横文字の学術用語を並べ立てると、聞いてる相手も曖昧にやり過して理解しているフリをする、という事を痛烈に皮肉ったソーカルの行動は痛快極まりない。
 ここにおいても、如何に世の中意味不明な事がまかり通っているのかが分かる次第である。日本人の横文字趣味も、ご多分に洩れない事がお分かり頂ければ幸いである。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年8月29日号(vol.173)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-08-28 06:03 | ご無沙汰むかで

vol.79/帰って来たアメリカナイズ<むかでのすきっぷ>

話し言葉に横文字が増える(1)
 ご当地に永年お住まいの方なら、英語と無縁で生活する事は殆ど不可能な訳であり、日本人同士でも、自ずと会話の中に英語が登場する機会がふえるのである。
 かく言うむかでも、早や在米14年ともなり、上手・下手はともあれ、英語漬けの生活にもさほど違和感を感じなくなって来たのも事実である。ご当地で日本のN○Kあたりの大河ドラマを観ていると、言い回しが古過ぎて理解出来ず、ついつい英語のテロップ見て納得したりするのだが、だんだんそれに慣れて来ると、しまいには日本語を聞かずにテロップだけ見てる事すらある今日この頃である。逆に最近では、日本で使われる古式ゆかしい表現やら、その場にフィットした、気の利いた比喩などがすっと出て来なくなり、苦労する事も度々である。横文字の場合には、言ってみれば日本語の平仮名やカタカナみたいな表音文字であるからして、わざわざ漢字で書くよりもスペリング的にも楽な訳で、書き順だって間違えようが無いという単純さがあるのも確かである。日本に帰国した時などは、変に英語が混じった表現を使わないようにしようね、などと気を遣い過ぎた挙句、言葉は詰まるわ、考え込むわ、相手には変な日本語で意味伝わらないわで、なんだかとっても疲れるのである。これも又、アメリカナイズしちゃったかな、の一例となるのであろうか。
 しかし、である。久し振りに日本に戻ってみると、実はそこは、既に横文字の宝庫である事に今更ながら気付くのである。
 日本の娯楽の殿堂、パチンコ屋の名前迄、『xxxレジャー・センター』なんて書いてある始末だし、パチンコ台の名前だって『CRスーパー海物語』とか『CRスーパーわんわんパラダイス』とか英語まじりのがあって、むかで的には何がスーパーなのか、どのへんがパラダイスなのか、既に謎なのである。(因みにCRはカード・リーダーの事らしい)そんな分かり難いネーミングだから、志村けんが自分のキャラクターが出て来る『FEVER変なおじさん』で2万円も負けてしまうのである。
 テレビのコマーシャルも然りである。コマーシャルの世界は、それこそ横文字のオン・パレードなのである。ごきぶり用殺虫剤の宣伝なんか、『コンバーット!』なんて叫んでるし、あれを聞いたらアーリントン墓地に眠ってるリトル・ジョンも、『隊長、今度の敵はコック・ローチっすか?!』なんて草葉の陰から聞いて来そうである。
民放のテレビ番組を見ていても、横文字はいたるところに見受けられるのであるが、例えばテレビの番組表を見ていると、『マジカルバナナ』なんていうのがあったりするのである。バナナもマジックも単体では意味は分かるが、一体マジカルなバナナって何なんだろうか。まさかバナナの皮剥くと鳩でも出て来る番組でもあるまいし、放送局の方も是非番組名は名が体を表すものにして頂きたい次第である。
 日本人の場合には、外国から言葉を輸入して来て自前の言い回しに直してしまう事も多々あって、『あっ、これは夢の“コラボ”(=Collaboration)になりましたねー』なんてアナウンサーが平気で言っちゃてる訳である。このような短縮形は日本人はどうも大好きらしく、巷にも『マック』やら『デパガ』やら『ワンセグ』やら、枚挙に暇が無い程、“寸詰まり横文字“が氾濫してるのである。
 マンションの名前も又然りである。コーポやテラスならどこに行ってもお見かけするし、兎小屋とか言われてる住宅事情にも関わらず、日本国土には宮殿(パレス)が溢れてるのも滑稽である。
 車の名前も又、そうである。何で車の名前は自家用車から業務用トラック迄、揃いも揃って横文字なのか。むかでが知る限りにおいては、車の名前で漢字名が使われたのは、いすゞ自動車の飛鳥(ASUKA)だけだったのではないだろうか。
 又、歌の内容然りである。井上陽水先生の『いっそセレナーデ』なんて、むかでの十八番ではあるものの、未だに意味が分からないで歌ってるのであって、浜崎あゆみ先生の場合には、歌詞には英語を使わない事を宣言されておられるにも関わらず、何故か題名は『RAINBOW』とか『Voyage』だったりして首尾一貫してないのである。そして極めつけはやはり、桑田佳祐先生のお歌である。『Ya Ya あの時を忘れない』の歌詞に至っては、♪Sugar、Sugar、ya ya、petit choux ... pleasure、pleasure、la la、voulez vouz ...♪と来る訳であって、petit choux(プティ シュ) と voulez vous(ヴレヴ)はフランス語であるが、それ以外は英語という“ハイブリッド型意味不明フレーズ”になってるのである。お次に歌手名の場合には、2名以上の団体様になると、殆んどが横文字名になるのはどういう訳なのか。SMAP然り、EXILE然り、GLAY然りである。その中でBump Of Chikenとかいうのも居るのであるが、Chiken Bumpなら『鳥肌』で意味が分かるけど、Bumpが先だと意味が良く分からないし、彼等の曲の『Shadow』などは、歌詞に『毎日がeveryday 昨日までのyesterday』というのが出て来るのである。これは正直、あったりまえだべさ、と思ってしまうのは私だけだろうか。それならまだ、柏原よしえ先生の『毎日がバレンタイン』の方が小生的には理解出来るのである。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年8月15日号(vol.172)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-08-12 02:03 | ご無沙汰むかで

vol.78/帰って来たアメリカナイズ<むかでのすきっぷ>

コーラをコークと呼ぶようになる(3)
 又、脱線してしまったようなので、ここで再び軌道修正を図る事にするのである。
 もともと、コークと言うのは、コカインの隠語である事はご存知かも知れないが、一体何でこんな危険な名前を拝命したのか。それはペンバートン氏(John S. Pemberton)が発明した『フレンチ・ワイン・コカ』の原液には、どうやら本物のコカの葉、即ちコカインが含有していたかららしいのである。
 正確に言うと、今でもコカ・コーラにはコカインを除去したコカの葉とコーラ・ナッツが使われており、麻薬性は無いものの、フレーバー的には当時の伝統の味をキープしているようである。このコーラの原液であるが、その製法は企業秘密で、絶対に他者には漏らしてはならないのよ、という決まりがあるそうである。コカコーラ社の中でも、製法を知る者は常時たった二人だけに限定されており、この二人は誰だか公表されていないし、一緒に飛行機に乗る事も禁じられているそうである。だが、現代の科学技術をもってすれば、コーラの含有成分が何であるかなどはお茶の子さいさいで解明出来る訳であり、競合他社にとってはばればれ、今や公然の秘密なのである。素人のむかでが調べた限りにおいても、その成分とは、先にご紹介のコカの葉+コーラ・ナッツに加えて、シトラス、シナモン、バニラをブレンドした香料(ファンタジアと呼ばれる)に、砂糖、シロップ、アルコール、カフェイン、リン酸、カラメル色素を混ぜて、炭酸水で約100倍に薄めてボトル詰めすれば出来上がり、という事までお見通しなのである。因みに競合商品であるぺプシ・コーラは、消化促進酵素であるペプシンが含まれていた為、消化不良の治療薬として微妙に商品の差別化を図っているようである。
 コーラと言えば、やはりこの飲み物に関する様々な都市伝説を取り上げざるを得ないだろう。例えば、『コーラを飲むと歯が溶けるのよ』という話や、『コーラでお肉を煮ると柔らかくなるよ』とか、『コーラには甘口と辛口があるらしい(瓶の底付近に、丸か四角のマークがある)』とか、『コーラに金魚を入れると鰭(ひれ)が溶けて死んでしまう』とか、実に言いたい放題な伝説が囁かれているのである。
 が、むかではこんな伝説の中で、是非皆さんにご紹介したい“事実”があるのである。それは知る人ぞ知る、『メントス・ガイザー』という現象なのである。
 もう少し詳しくご解説すると、先ずはスーパーに行って、ダイエット・コークの2リットル瓶を一本と『メントス』という飴を併せご購入頂きたいのである。この時、コーラはダイエットが望ましく、又、メントスもミント味でないといけないらしい。ご購入頂いたら、ダイエット・コークの蓋を開け、メントスを数粒、開けたコーラの口の中に入れて頂きたい。ダイエット・コークはその瞬間、大爆発を起こし、口から間欠泉(ガイザー)さながらのコーラが背丈よりも高く噴出するのである。これは、ご当地では2008年2月、ディスカバー・チャンネルでも『怪しい伝説(原題:MythBusters)』という番組で取り上げられているし、Youtubeなどのウェブ・サイトでも、実験の模様が多数紹介されているのである。では何故、こんな現象が起こるのか、という事自体が問題になっているのだが、一説としては、コーラ成分とメントス成分間で発生する化学反応説と、いやいやこれは物理現象なのよ、という説の2説があり、今のところでは後者の説が有力のようである。メントスに含まれるアラビアガムが、界面活性剤の役割を果たし、コーラの二酸化炭素を一気に放出させる、という理屈なのだそうだが、むかで的には琵琶法師並みに理解不能な世界なので、専門家の方達のご意見は有難く受け流す事にさせて頂くのである。でも、こんな危険な現象を知らずに、ダイエットコークがぶ飲みしてメントスでも飲み込んじゃった日には、数秒にして臨月の妊婦さんみたいなお腹になってしまう事請け合いである。あ、そうか、そういう時こそ、ぺプシを飲んで消化を助けてあげれば良いのである。競合商品というものは、いつの時代にもマーケットの隙間を狙って来る強かさがあるものである。
 さて、この慣れ親しんだ清涼飲料も、時代を経て様々な民間レベルでの飲み方が研究されているこ事も又事実であって、例えばウィスキーのソーダ割り(即ちハイボール)のソーダの代わりにコーラを使っての『コーク・ハイ』やら、焼酎やら泡盛のコーラ割りなども最近では楽しまれているようである。この辺ならむかでも知ってるし、許せる範囲内なのである。が、最近、同僚から聞かされたのは、『ホット・コーラ』なる飲み物の存在なのである。その名の通り、コカ・コーラを温めて、レモンなどを添えて飲むのだそうで、大阪などでは常識で、喫茶店に行くと、メニューに『オンコー』というのと、『レイコー』というのが書いてあって、前者がホット・コーラ、後者はアイス・コーヒーを意味するのだそうである。そもそも、コーラを温めて本当に美味しいのか、炭酸は一体どこに行ってしまうのか、疑問は深まるばかりであるが、なんとこのホット・コーラは、何も日本だけで飲まれているのではなく、お隣中国でも飲まれているというから驚きではないか。ご当地では、『熱可楽』と書いてお店でも飲む事が出来るのだそうで、特に中国の場合には、風邪をひいた時の風邪薬代わりにこれを頂くご家庭も多く、温めたコーラの中には、生姜なんかも入れちゃうらしいのである。このように、日本の文化の発祥地というのは往々にして大陸に端を発するものも多い訳で、このホット・コーラですら、北京から南西約500Kmにある、山西省大原市というところがそのルーツだとする説もある位である。しかし、ルーツで負けてもただでは起きない日本人である。日本には世界一発達した無人店舗、自動販売機があって、ホット・コーラが自販機で買える国は世界広しといえども、日本だけではないだろうか。山形なんかでは、夏の間冷たいコーラを売ってる販売機が、冬の間にはホット・コーラを販売する器械に変身しちゃうという話も聞いたのである。どうだ、自動販売機大国日本には恐れ入ったか、である。
そのうち、自販機のボタンには、『オンコー』『レイコー』の他に、『エンコー』というボタンも出来て、親父達が手軽に女子高生を購入出来る日も近いのである。
便利な国に生まれてつくづく幸せなのである。(コーラをコークと呼ぶようになる/完)
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年7月25日号(vol.171)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-07-25 03:35 | ご無沙汰むかで