カテゴリ:オンナの舞台裏( 66 )

vol.66/再会と初対面と再出発<秋野マジェンタ>

 学生時代のルームメートMのバイト仲間に、Kちゃんという子がいた。Mはバイトを始めた当初、Kちゃんがいかにバイト先の店長に人権蹂躙されているかを、まるで自分のことのように怒りを込めて、よく私に訴えていた。モラハラ、パワハラ、DVという言葉が巷で聞かれるずっとずっと前。
 店長とKちゃんは男女の関係にあり、2人の付き合いは、店の内外で公認だった。今思えばモラ男の典型であるその店長は、とにかく説教好きで有名で、「自分より格下」と判断すれば、相手が店の客でも偉そうな能書きを垂れた。また、閉店後に店のビールを抜いては、Kちゃんたちバイトに向かって、根性がどうの、オレが若い頃はこうだったのと、朝方まで何時間も彼らにからんでいたという。当然、バイトの学生たちは、勉学や交遊を理由(口実)に、早々と退散するようになったが、同棲しているKちゃんは、いつも最後の最後まで、「オマエのためを思って、言ってやってる」「オマエはオレの彼女だから、あえて厳しくする」という店長の罵詈雑言に、何時間も泣きながら耐えていたそうだ。
 プライベートでは、さぞや大事にされているのだろうと思いきや、そのうち「休みの日に店のお客さんに食事に誘われたのを、Kちゃんがなんとかごまかして断って、バイト君たち数名と飲みに行って羽目を外したら、次の日、店長に顔面を何度も殴られた」なんてエピソードも出て来た。さらに、「避妊しない主義」の店長に妊娠させられ、店長は、子供なんか産まれたら、自分のグリーンカードや出店の夢がおじゃんになるとでも思ったのか、「今は、お互い親になる時期ではない」とか言って、Kちゃんに堕胎を迫った。堕胎費用1500ドルのうち、店長は500ドルくらいを払ったらしい。妊娠のことを、店長はもちろん自分の親には言わず、Kちゃんの親にも「心配かけるな」と、堅く口止めした。ちなみに、店長の口癖は「オレが昔、身を粉にして働いてやったお陰で、親は今悠々自適な老後を過ごしている。だからオレは今、安心して海外生活出来る」。Kちゃんは堕胎したその日も、バイトに入った。Mは、Kちゃんに目を覚まして欲しいと、泣いた。
 その後、私はあの街を離れたが、Mの話では、間もなく2人は結婚。式はなし。指輪は、数十ドルのファッションリング。店長はKちゃんの親に向かって、「ボクがコイツを教育し直しました。」子供が生まれた時は、義母(店長の母)が手伝いに来たらしいが、店長は、Kちゃんが帝王切開を終え退院するやいなや、「オレの親にお茶入れろ。」「オレの親のご飯はどこだ?」「オレの親に、街を案内してやれ。」と命令口調。後には、義父(店長の父)への電話での対応が悪いと、子供を腕の中に抱きながら、夜中まで罵倒されたとか。数年前、2人が離婚したとMから聞いた時は、それでいいんだ、Kちゃん、幸せになりなよ~って、遠くから心から思った。
 先日、タイムズスクエアでKちゃんに再会した。あの頃の淋しそうで鬱屈した面影は微塵もなく、繊細さと剛胆さを兼ね揃えたような魅力的なKちゃん。きっとこれが本来の姿なのだろう。再会のつもりが、まるで初対面。別れ際になって、Kちゃんがキリリと言った。「最近ね、あの時おろした子供に名前を付けたの。自分が至らず死なせてしまった子供の、せめてもの供養になればと思って。」
 良い名前だった。
 帰りの電車で、私は生まれて初めて、他人のために嬉し泣きをした。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年12月26日号(vol.180)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-12-26 21:50 | オンナの舞台裏

vol.65/部外者の気負い<秋野マジェンタ>

 国籍に関する日米の法律などを、ネット上で読んでいたときのこと。旅券法云々を経て、アメリカの連邦法と来て、最終的には米国市民権取得のための面接試験の質問集までたどりついた。それを読み進んで行くと・・・「有事には合衆国のために武器をとって戦う意志がありますか?」宣誓を促すような質問があった。重いなあ。
 数年前に米国市民権を取得し、今はヨーロッパで暮らす友人Aが思い浮かんだ。Aは、ここを通り抜けて行ったのだな・・・。潔いなあ。大人だなあ。人生経験豊富だなあ。自分は今、零戦を見送った人達の1000分の1くらいに切ない思いをしているのだろうか?ならば、彼女は、特攻隊員の万分の1くらいの覚悟で、米国取得=日本国籍喪失を決めたのだろうか?そんなふうにして自分の価値観を全面に押し出して、彼女の通った関門を疑似体験してみようとしはしたものの、やはり国籍を変えるなんて私にはピンと来ない。もとい!日本国の側に立てば、「国籍を喪失する」であった。「変える」どころの騒ぎではない。
 それにしても、世界でトップ級に平和で、貧富の差が小さく、半世紀以上も内乱やクーデターが起こらず、人は長命かつ美的センスに長け、四季の表情豊かで、狭い島国ながらも地方文化は色とりどりの多面体といった、この世の楽園のような国を、なんでまた、捨てようと思ったのだろう。いくら国籍の再取得が可能とはいえ、年を取ってからの再取得は、はやり金がものを言う。とくに日本の年金受給資格がない、または、その額が低い場合は、それ以外の方法で生活能力を証明出来なければ、再取得は難航するであろう。仮に、再取得申請者に国籍を戻さないと、国がその親の面倒を税金でみなければいけないというのなら、話は別だろうが。
 遠い将来を見据えた場合、国民年金の(事実上)破綻の可能性と、日本に不法滞在する外国人の数と彼らの素行、そして不法滞在者の子供として生まれた新たな日本人層が考える祖国の定義などなど、再取得に影響するであろう要素は無尽蔵である。億万長者でなければ、うかうか日本国籍を手放してなどいられない。
 本人に、米国市民権の取得を決心した理由を、メールで尋ねた。彼女なりの真剣な理由が書かれたメールが返って来た。決してあけっぴろげに分かち合うような話題ではなかろうに、ご丁寧にありがとう。人それぞれだよなあ・・・なんて感慨にふけっていたら、最後に一言、こうあった。「あ、でも国籍は変えてないから大丈夫。」????何ですか、それ??国籍を変えてない?大丈夫?
 この人、米国籍取得を決心するまでの過程において、日本国が定める日本国籍の保持や喪失に関する記述や、旅券法という国際法などを、ちらりとでも読んだのだろうか?それとも、それは重々承知の上で、「でも実際には、空港で止められたことないし」とか、「日米間を往復する訳ではないから日本のパスポート使っても問題ない」とか、「日米で税金払ってるし」など、庶民感覚で、国籍の「追加特典」と解釈したのだろうか?
 さっきまでちょっと切なかった気持ちが、シラケた。楽になったとも言えるか。
 特攻隊員とそのご家族(ご遺族)の皆様、万に一つの例えだったにしろ、同じ線上で語ってしまった非礼をお許し下さい。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年11月28日号(vol.179)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-11-24 23:55 | オンナの舞台裏

vol.64/イグアナおばさん<秋野マジェンタ>

「レキシントンに行きたいんだけどさ。この電車でいいの?」。駅のホームで、還暦すぎの女性に日本語でたずねられた。日本語の新聞を広げていたからか。私が日本人であると察しがついたのは。
 旅行者風情でもない彼女。あまり電車に乗らない人なのだろうか?短髪で小太り、150センチあるかないかの彼女は、電車が来るまでの数分の間に、「レキシントンに息子が住んでいる」ことや、「母親を探して35年前に渡米し、ギリシャ人の最初の夫に無理矢理結婚させられ、奴隷のように扱われ、やっとのことで離婚。2人目、3人目もろくな男ではなく、結局、合計6人の子供を授かり、今はアストリアで一人暮らし。もうすぐ60歳」という情報を提供してくれた。
 電車が空いていたため、私たちは隣同士に腰掛けた。なかなかに波瀾万丈の半生を送られたようだ。どこかで記事のネタになるやもしれぬという、卑しい期待がチョピりと芽生えた。
 すると、彼女。「私はこれで有名だったのよ〜。」と、頭にイグアナをのっけて、ネオンカラーの衣装を着た数年前の自分の写真を見せてくれた。丁寧にラミネートされた、地元紙の「レイディー・イグアナ」のニュース記事だった。「そして、こっちが日本のフライデーに『イグアナおばさん』って記事になった時の。」「小さかった頃の子供たち」が6人。数枚のラミネートをご披露してくれた。
「子供を養うために、何かのパレードなんかあると、こうやって奇抜な格好で、イグアナ連れて、出かけて行ってたのよ。今は、子供たちも成人したからやってないけどね。」おひねりをあてにした芸能生活だったのだろう。今もこうしてレジュメ代わりのようにラミネートを持ち歩いているとうことは、まだどさ回りをしているのだろうか?
 イグアナおばさんは、こちらが頼みもしないのに電話番号をくれた。「え〜と、何番だっけ?」といって、コーリングカードを取り出して・・・。貧しいのだろうか?「今度、取材してもいいよ。」私も一応、携帯番号入りの名刺を渡した。
 翌日、非通知で電話がかかって来た。彼女だった。その内容が全て本当ならば、日本の出版屋が争って自伝の話を持ちかけて来そうな話が始まった。母親についには再会出来ず、姉とも生き別れになったこと。結婚後は性の奴隷のような役割を強いられ、今だに恐怖で夜目覚めることがあること。自分の腹をいためた子供らが、今は自分を邪見に扱うこと。近隣に住む彼らを訪ねる電車賃の工面もままならず、でも彼らは援助すらしてくれず、自分は、アストリアの「黒人ばっかの」プロジェクトに住み、娘が3年前にくれたお古のスニーカーを今も履いていて、たまにプロジェクトの子供を撮った写真が、コミュニティー紙に掲載されるが、「だ〜れもお金なんかくれないし」、食事はスープキッチンで食べてるのよ、私。
「〜してくれない」「〜のせいで」「〜な思い(や暮らし)をさせられている」と、見事なまでに被害者意識で統一された彼女の話し振りからは、浴びたらこちらの運気まで下がりそうな臭気がプンプンして来る。対面と電話で合計30分も接していない私ですら、すでにウンザリなのだから、長年ともに暮らした子供らの気持ちは、推して知るべし。
 取材に出る時間になったので、話の隙に割り込み、その旨告げると、「あ、そう。」ガチャリ。15分ほどの電話で、私から施しの申し出を引き出すことの出来なかったイグアナおばさんだった。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年11月14日号(vol.178)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-11-13 06:27 | オンナの舞台裏

vol.63/ヒロシさん<秋野マジェンタ>

 突然、ヒロシさんのことを思い出した。私が学生だった95年に出会った。ある日、ルームメートが「おもろいオッチャンがおるけえ、会ってみんちゃい。」って、連れて来た。
 確かに、おもろいオッサンやった。オッサンゆーても、今の私より二つ三つ年下やったと思う。ヒロシさんが話す海千山千の破天荒な体験談に、「このおっさん、ヤバいんじゃなかろうか?」と、どこかでうっすら思いながら、それでも抱腹絶倒していた。オーストラリアで、「連れ」の誰々が酔って暴れて、現地の警察につかまりそうになって、あん時は一生で一番真剣に走ったとか、ハワイ行った時、「連れ」がああしたこうしたの武勇伝…。
 やっぱただモンではない!と確信したのは、日本から海外へ向かう途中の機内での出来事を聞いた時のこと。「隣に座ったオネーちゃんと世間話になってんけどな、そのうち向こうが眠いとか言って、膝枕してくれって言いよんねん。ま、ええかと思ってたら、そのネーちゃん、オレにいきなり、パクっとしてきよってん。」
樽みたいな体型して、いつもオーバーオール着て、愛嬌たっぷりのヒロシさん。けど、そこはかとなく、微かに、でも確かに、オトコの迫力と色気がにじむ。それが、異様でおっかない。そもそも何してる人なのか、絶対に教えてくれんし。
 しばらくして、「ヒロシのおっちゃん、最近見ないな」と思っていたら、ルームメートが、「ヒロシさん、もう日本帰ったんじゃと。」そして彼女は、こう付け足した。「京都のヤクザで会津小鉄って知っとる?ヒロシさん、それの甥っ子なんじゃと。」会津某なんて、そん時は知らんかったけど、「どうりで・・・」と納得。13年前の話やで。
 付かず離れず約2か月。その間、暑い日もあった。でもヒロシさんは、いつも長袖Tシャツを着ていた。当時は気付かんかったけど、今思えば、全身に竜が踊っとるんやろなあ。
 あ。そもそも、ヒロシさんを思い出したのは、YouTube.comで遊んでいる最中だった。「日本の伝統的な刺青の施術を見たい!」と強烈に欲した私は、早速ビデオクリップを検索。おお、出るわ出るわ。刺青は気絶寸前の痛みを伴うように聞いたか読んだかしたことがあったが、YouTubeの中の任侠の徒らは、達観したような目をして、じっとテレビ画面(の向こう?)を見据えていた。「シャブ」でも打ってるんだろうか?でも、「痛み止め」なんか打って、仲間にバカにされたりはしないのだろうか?あれはやはり、素面で我慢なんだろうか?
 そのうち、ヤクザの抗争だの、一斉検挙だのというビデオも出て来て、そんな中で、会津小鉄がインタビューに答えている映像に当たった。で、ヒロシさんを思い出した。と同時に「そっくりじゃ〜!甥っ子いうんは、ホンマやったんやなあ・・」
 ヤクザなんてゴキブリだと思うが、袖触れ合った人にはハッピーでいて欲しい。ちょっと複雑。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年10月31日号(vol.177)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-10-31 09:38 | オンナの舞台裏

vol.62/警戒モード<秋野マジェンタ>

「初対面の女性に、『私、体育会系です』オーラ全開で来られると、少々戸惑う---」という話を友人A(女:38歳)がしていた。Aは、自分のことを「私、体育会系なもんで」と表現する女性に対して、警戒心モリモリなのだとか。理由は、「体育会系なもんで」という、やや自嘲じみた表現には、根底に「だから私って、からりとしていて、憎めないヤツなんですう」という、一種の媚びがあるように感じられるからだという。後ずさりでにじり寄られているような気がして、戸惑うらしい。「スポーツ(部活)を持ち出して来て、『自分は裏表のない人間です。もし、失言失態があっても、それは、体育会系の私のことですから、悪気があるわけではないのです。それを先に断っておきます』と言っているように聞こえる。だから(そう解釈すれば)、ちょっとずるいようにも感じる。」うーん。
 Aの話の途中で私は、自分にも、Aにとっての体育会系みたいな、警戒モードの基準があることに気がついた。わたしにとってのそれとは、「男っぽい性格」である。相手が、「私って性格が男っぽい」「サバサバしている」という文言で自己紹介すると、私の中でアラームが鳴り始める。体育会系組と同じく、自分には裏がないことをアピールする手口なのだろうが、わざわざ自分から、「サバサバ」を申告するくらいだから、実際は、余程「女特有の性悪さが備わった」「ネチネチ」なのではなかろうかと勘ぐってしまう。その可能性があるやもしれぬ!とアラームが作動するのである。
 「私って性格が男っぽいから、女よりも男の中に混じっているほうが楽だし、親友も男ばっかり。」と言う日本人女性は、かなりいる。でも、これを男バージョンにすると、かなり奇妙である。「オレって、性格が女っぽいから、男よりも女の中に混じっているほうが楽だし、親友も女ばっかり。」いい年こいた男が、こういう台詞を吐いた場合、はたして「ああ、きっと繊細で、そこらの男のように派閥に属するなどということはせず、決して恥じらいを忘れない、型にはまらない魅力にあふれた人物なのだな」と解釈してもらえるだろうか?多分、オカマと思われるのが関の山だろう。
 日本人女性以外が、こういう言葉で自分を表現するのを聞いたことがない。あっても、それは他者に女らしさが足りないのなんのと指摘されて、落ち込んだ時くらいである。あるいは、第二次性徴に心がついて行かずに、己の乳房を否定する少女。だから、大人の女が「私ってぜんぜん女っぽくなくってえ」と言うのを聞くと、「あちゃー、思春期で成長とまっちゃったかな?」と一瞬思ってしまう。その女性が、実際にガサツかどうかは、あまり関係がない。その発言が、大人の女に不似合いで、ちょっと気味悪いのである。
 前の話だが、映画「さくらん」のプレミア会見の席で、土屋アンナが、「私って性格が男っぽいから・・・」と発言していた。ちなみに、この「男っぽい」ツールを使用するのは、美人さんが大多数である。貞操を守るための本能的な行動なのかもしれぬ。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年10月17日号(vol.176)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-10-18 07:24 | オンナの舞台裏

vol.61/やられた!<秋野マジェンタ>

 鍵を落とした。部屋の鍵ではなく、アパートのエントランスの鍵。やっかいだな。面倒だなあ。エントランスの鍵は、「Do Not Duplicate」と彫ってある、登録制の鍵で、ビルオーナーかスーパー以外は、入手不可能である。よって、50ドルくらい払わされるはずである。応急処置というか、悪あがきとして、心当たりの場所を探す間は、紛失の事実は伏せておいて、同じ階に住む知り合いに、朝晩エントランスをブザーで開けてもらうことにした。f0055491_610334.jpg
 紛失してから2日目。その日の夕方には、スーパーのところへ出頭しようと決めていた私。午後、上階に住む日本人Kに会った際に、散々ぼやいた。
———2004年にさあ、会社に鍵を置き忘れて帰って着て、スーパーに部屋の戸を開けてもらったことがあるんだけど、その時「25ドルかかる」って言われたのよ。結局、チャージはされなかったけど。あれからペナルティーの相場も上がってるだろうし、今回は、丸々なくしちゃってるから、絶対50ドルは行くよ。50ドルって言ったら、親子3人で外食出来る額だよ。あ〜あ。———
 すると、「表の鍵?ウチでコピー作っといたのあるから、一つ持ってく?」とK。何?ウチで作った?どうやって?どこに頼んだ?登録キーを闇で複製してくれる所があるのか?っていうか、なぜそこまでして、予備を予め用意したのだ?して、いくらかかったのだ?言え!吐け!答えるんだ!一気に気色ばむ私。Kは更に「え?グロッセリーの前のハードウエア店で作ったけど」。「ああ。あるある。キー・マスターだかっていう看板あるよね。ええ、あんな店が、そんな特殊な免許みたいなもん持ってんだ。で、いくらかかったの?」「1個、1ドルちょいじゃない?」さらにKは、「複製禁止みたいな言葉なんて、彫ってないけど。ほら。」ほ、ホントだ。鍵のヘッドはツルッツル。二束三文でいくらでも複製出来る、普通の鍵だった。
 唖然とする私。完全なる思い込みだった。表の鍵は、複製禁止に違いない→従って、この状況は、50ドル払わなければ解決しない→Kがどこかで複製したにしろ、高額を支払ったに違いない。こうした思い込みでガンジガラメとなった私は、知人に、表の鍵をコピーさせてくれと頼むなど、思いもよらなかったのだ。
 一方、在米歴の短いKは、違法コピー禁止の鍵が存在することなど知らず、英語がからっきしダメなものだから、たとえそんな情報があっても聞き取れなかったであろう。だから、予備を作ることを当然のこととして思いついた。
 私は、米国に来て間もない、または英語が堪能でない日本人に、あまり自分に降り掛かったトラブルを話すほうではない。たいてい解決法の収穫はないし、時には、「分かったら私にも教えて」などと言われるからである。忙しくて放っておくと、後日「ねえ、あれどうなったの?」などと、やんわりと催促が来ることも。
 しかし、今回は違った。Kは、アメリカ生活に不慣れだからこそ、それに慣れた者にとって「地獄に仏」になれたのだ。感激!やられたぜK!
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年9月26日号(vol.175)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-09-26 06:10 | オンナの舞台裏

vol.60/背徳の文化交流<秋野マジェンタ>

「ボンベイ・サファイア」。この名前に弱い。ツボである。なぜなら、植民地という政策における、腐敗、陵辱、背徳、そして、誘惑と甘美と哀しみが混在する響きだからである。ボンベイ・サファイアという名前は、ジンが英国統治下のインドで人気だったことに由来している。
 先日。5年ぶりにして5時間半の長電話。電話越しに酒盛りを始めたのは、これで2度目。今回は初めて男が相手だった。悪友、カワバタ。2人して飲むこと3時間。ボンベイ・サファイアという名前の持つ威力に関する自分の考察を、私はどうしても、このカワバタに聞いてもらいたくなった。
「だからさあ、洋の東西混じったような名前を持つモンは、地名から特産物から、混血児まで、侵略と陵辱の歴史の産物なんだよう。背徳なのよ。タブーなのよ。背徳の産物だから、甘美な誘惑と、表裏一体ってことよ。だから、混血の美男美女は、妖しく危うく、涙ぐんだような瞳なんだよ。哀しくも美しいんだっつの。絶対数が少ないから、価値も高いっていう、プロモ的な要素も、遺伝子レベルで押さえてるわけよ。犯された女の無念や、立場上許されない恋愛という悲願の象徴だったりする植民地下の混血児は、重〜い事情背負った生霊みたいなもんなわけ。そりゃ、美人は薄幸にも薄命にもなるって。わかる?」
「オマエ、それ結構前から真剣に考えてただろ。」カワバタの同意を得てアタシは、ますます冴え渡る。
「じゃあさあ、酒にはすべからく、植民地の名前を付ければ、『ちょいワル』みたいな装丁になって、売れ行き良くなるんじゃないかなあ。あ、ちょいワルって言葉、古いねえ。でさ、例えば、ボンベイ・サファイアと同じように、地名の後に石の名前を付けちゃう。ラバウル・オニキス、ラオス・アンバー、キューバン・ルビー、オスマン・タンザナイト、ハイーシアン・パール。日本酒には、刑務所の名前もアリでしょ。なんたって、コンセプトは背徳だかんね。アバシリ・ジェード、フチュウ・クリスタル、イワクニ・ヘマタイト。刑務所周辺地域の振興を目指して、懲役ラピス、入所エレジー、判決ロンド・・あれ?石がなくなった。まあいいか。ハイ次。えーと、独房セレナーデ、出所マーチ、社会復帰ラプソディー、冤罪レクイエム・・・地域限定品にしたら売れるよ、きっと。刑務所が運営するバーでしか飲めないってなったら、世界のメディアが殺到するよ。バーテンが公務員と服役囚なの。鉄格子のむこうからカクテル渡して来る。」
カワバタも本腰入れて、社会問題に取り組む。
「ボトル売りはオンラインのみでさ、ちゃんと、裁判所通して刑務所に発注する。そうすると実在の服役囚の囚人番号が入ったボトルが来る。5486番(大麻所持=懲役18か月)とかって表示がある。刑期を終えた囚人は、出所したその足で、自分の番号の酒を買った人の所へ報告に行く。報告を受けた購入者は、その人の職探しを手伝う義務があって、出所後10年間、問題起こさずに社会生活送れたら、2人揃って祝いの酒、更生ダイヤモンドを最寄りの県警本部に飲みに行く。どうだあああ!」
 この晩は、それからさらに2時間飲み続けた。電話を切る直前には、「型から入るのが、習得の最短距離という論理を、昨今のヒップホップ歌手と、自閉症の症例を挙げて証明する。」という作業に躍起になっていた私たち。カワバタは、私にとって貴重な存在である。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年9月12日号(vol.174)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-09-09 10:17 | オンナの舞台裏

vol.59/グレッチェン<秋野マジェンタ>

 グレッチェンと知り合って、もうかれこれ7年になる。私が第一子を妊娠しながらも、生まれるまでは、何かせねばなあと、寿司屋でバイトしていた時に、常連とウエートレスとして出会った。グレッチェンは人なつこく、若々しく、話題が豊富で、何を話しても、瑞々しく新鮮な体験を語っているようだった。f0055491_622863.jpg彼女は当時、まだ働いていて、けっこう忙しくしていたはずだったのに、会う度に新しい話題をわんさか運んで来た。姪の入学の準備を手伝ったの。Pro-Choiceの勉強会に参加したの。日本のことについて最近調べているの。◯◯さんに××さんを紹介しようかしら。やっぱり幹細胞クローンは必要ね。孫の世話をここ数日頼まれてるのよ・・・。誰の前でも、さわやかな笑顔は変わらず、手入れの行き届いたショートボブの銀髪がよく似合っていた。おしゃべりなのに、あけすけでない、成熟度の高い会話をする彼女。店の従業員は「あのおばはん、話長いよね」とぼやいていたが、私は、彼女のインテリジェンス、好奇心、探究心、バイタリティー、そして何よりも、その上品な無邪気さに、羨望さえ抱いていた。
 夫のデービッドは、無口で穏やかな紳士だった。「私たち夫婦は、17歳離れているのよ。」そう聞かされた時は、15秒ほど2人を不躾に見比べた挙げ句、「ギブアップ。どちらが17歳下なの?」と聞いてしまった。「私の職場の改築工事を請け負っていた業者の一人で、当時37歳だったかしら。特にフレンドリーなわけでもないのに、会えば話しかけて来るから、ちょっと変わったヤングマンだと思ったわ。」デービッドは、低く落ち着いた声で、「I thought she was cute」。17歳の差の上、「一目惚れ」とは・・・。デービッドは、ガテン系とはほど遠い、学者のようなたたずまいである。えらい無口で。
 グレッチェンには、離婚歴がある。復員軍人の元夫に、銃を突きつけられたことは、一度や二度ではなさそうだ。1歳の息子を抱きながら、こめかみに銃口をあてられ、「Last Prayer」を唱えたこともあると、一度だけ聞かされた。その時も、弾むような声で「I have been through some rough time, you know」。その息子は今、8歳くらいの双子の父親である。
 昨日。久々に出したメールに、即刻返事が来た。「マジェンタ!元気なの?うれしいわ!送信元のアドレスが前と違うけど、今後はこちらにメールを送った方がいいのかしら?確か上の子の名前は◯◯よね。でも、下の子の名前が出て来ないの。年ねえ。誕生日は覚えてるんだけれど」。旧友と再会したような文面の彼女のメール。相手をWelcomeな気分にさせる達人。彼女の柔らかく気品ある笑顔が鮮明になると同時に、あ、私はグレッチェンを尊敬しているのだなと、気がついた。
 グレッチェン。いつまでもお元気で。いつかきっと会いに行く。坂の多い街で、ケーブルカーの見えるカフェに座って、おしゃべりしましょ。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年8月29日号(vol.173)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-08-28 06:02 | オンナの舞台裏

vol.58/英語学習<秋野マジェンタ>

 今年の春から不動産エージェントとして働き始めたT美。目下、英語がハードルである。
 T美が大家と電話で話した時のこと。T美ではらちが明かないと判断した先方は、「上司と直接話しをさせてくれ」。しかし、T美は、「ちゃんと理解していますから、話を続けてください。」と英語で踏ん張ろうと、「Yes, I understand. Tell me. Tell me」と、電話口で繰り返したのだとか。その話を聞いて、一瞬大笑いしそうになったが、本人は必死なのだろうからと、「そうやって場数踏んで、上達するんだよ」などと、無責任な間の手を入れて、なんとかこらえた。片言の英語で「話は分かってるから」なんて言う、アヤシい不動産エージェントに当たるなんて、そのクライアントも災難だわ。わはは。
 「ウオークマン買うから、ここ寄っていい?」。量販店の前で、ある日彼女はそう言った。通勤電車の中で英語の勉強をすることに決めたが、手元にある教材はカセットテープのみ。従って、ポータブルプレーヤーが必要と判断したらしい。おもろい!!カセットプレーヤーはあるかと聞かれた、店員の反応が見たい。すごく見たい。入手は不可能だろうが、その後のT美の行動も追いたい!私は、T美に、店員との英語でのやり取りに行き詰まっても、助力を申し出る気はないこと、そして、ウオークマンは昨今、場所代を払ってまで店頭に置くような商品ではない旨を伝えると、ロケハン感覚で後に続いた。
 案の定、店員は「は?ウオークマン?ナイナイ」と、そっけない。しかしT美は、真剣な眼差しで「Really?」。どうやら店にウオークマンが無いことが、T美にとっては、「ちょっと意外」だったらしい。アホか。すると、店員がちらりと私を見た。あれ?まさか私までもが、「ウオークマンが無いって、ホントですか」組だと思われているのか?私の自尊心に、かすかにヒビが入った。そのヒビが割れ目に発展しないよう、防衛に出る。「(T美に向かって)ほらぁ、やっぱり無いんだよ。(店員に)当然無いと踏んでいましたけれど、念のためお聞きしたまでで・・・とにかく、ありがとう。」すると、T美。「じゃあ、普通のカセットプレーヤーはありますか?」えええええ??
 店から出て、がっかりのT美。2008年の店頭にカセットデッキやウオークマンが無いことは、そんなに期待に反することか?ええ?顔に泥がはねたじゃないのさ、もう!
 T美とはそこで別れたが、数時間後、電話がかかって来た。弾む声のT美。数キロ離れた雑貨店でウオークマンを発見し、「交渉」の結果、15ドルで入手したと、嬉しげに報告する。ああ、よかったね。後日会った時、バッグの中に入れて持ち歩いている、ビッグマックのような厚さのウオークマンを見せてくれた。
 その後、「ダウンロード式の機器を購入したほうが、上達に合わせて教材を増やせるし、場所も取らない」と閃いたらしい、ブリリアントなT美。オンラインで注文した「iPod」が、香港から配達されるのを2度逃してしまい、結局、一日会社休んで自宅待機するはめに。「なんで、アップルストアで買わなかったの?」と問うと、「ネットで買うと、裏に好きな言葉を印字してくれるから」。
 彼女が自分に贈った言葉は、「You deserve it」。綴りが合っているかどうか、おっかなくて見られんかった。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年8月15日号(vol.172)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-08-12 02:01 | オンナの舞台裏

vol.57/写真の男<秋野マジェンタ>

 私のアパートを訪れる人は、一枚の白黒写真を目にすると必ず「いい写真だねえ。この人誰?」と聞く。私の父、道雄である。2003年の夏に死んだ。写真の父は、今の私より少し若いくらいか。女友達に「いいなあ。写真に飾って絵になる父親って」と言われ、ちと気分が良い。教養があり、思慮深く、正直で、決して声を荒げず、いつも姿勢の良い男を父親に持ったことは、私に降って来た幸運の一つである。中学時代、何かの急用で、終業直前に私を学校に迎えに来た父を見た男子が、「誰だ、アレ!すげえかっこいい」と騒ぎ出し、その「スクープ」をさかいに、それまで私に意地の悪いちょっかいを出していた男子生徒数人が、「お父さんてさあ、仕事何してるの?」なんて、いきなり標準語でやたらナイスに接するようになった。
f0055491_334376.jpg 父は、ちょっと変わった人物でもあり、例えば、私の女友達を下の名で呼び捨てにしていた。小学生の頃は、気にもとめなかったが、高校に入って、友人由美子(仮名)が電話してきた時、「お父さんに電話口で『その声は由美子だな』って言われた。1回しか会ったことのない娘の友達を、呼び捨てって珍しいよね。あのお父さんじゃなきゃ出来ないね。」と言われ、父のユニークさに気づいた。
 ユニークといえば、父は私に早い時期からナタや彫刻刀、万能ナイフを使わせて、私が「みんなが持ってる」と必死に購入を懇願した、消しゴム大の鉛筆削りを絶対に買ってくれなかった。ある日父は、「刃物を上手く使いこなせれば、山なんかで遭難した時、生存率が飛躍的に伸びるんだぞ。」それまで、学校で「親が買ってくれない」と口にするのを屈辱に感じていた私は、その言葉を機に、「山で遭難したら、ナイフで鉛筆削れる私のほうが、生き延びる確率高いんだかんね!」と、父親譲りのちょっと変わった子供になってしまった。
 手加減しない親でもあった。小学校1年生の頃、鼻や耳たぶに、動物の骨を貫通させたアフリカの民族がテレビに映っていた。私は思わず「黒人って気持ち悪い」。そしたら父は一言。「あっちから見たら、オマエのほうが気持ち悪いんじゃないのか?」差別という単語を知るずっとずっと前。「知らない物事に対する拒絶の姿勢」が、自分の中に備わっていると気づかされた。人生最大の衝撃。
 小学校3年。「◯◯ちゃんは、持ってないんだって。かわいそうだから、余ったら少しあげようっと」。気分良さげで意気揚々な私。父がすかさず、「そういうのは、親切じゃなくて、施しって言うんだ。自慢出来ることじゃないから、影でこっそりやれ。」舌を噛み切って消えてしまいたいほどの羞恥。
 葬式からしばらく経って、かつて父にさんざん山登りに連れて行ってもらった叔父がポツリと「道雄さんは、オレにろくなことを教えなかったなあ。」私には、男が男に送る最高の賛辞に聞こえた。その叔父も昨年秋に他界した。今頃あちらで、ろくでもない授業が再開されている頃だろう。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
2008年7月25日号(vol.171)掲載
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by tocotoco_ny | 2008-07-25 03:34 | オンナの舞台裏