人気ブログランキング | 話題のタグを見る

vol.36/アメリカナイズ<むかでのすきっぷ>

その16. 簡単な漢字がふと書けなくなって来ている(5)
ここでもうひとつ、少々興味深いお話をご披露するのである。
アメリカやイギリスのお子さん達には、(先天的あるいは後天的に脳に物理的な障害があり発症してしまうケース以外にも)失読症(Dyslexia)の子供が多いとされている。その原因の一つは表意文字でなく、表音文字を使っているからである、という説があるのである。更に加えて、英語自体のスペリングの複雑さがそれを助長してしまう傾向があるらしい。日本の子供達の場合には「あいうえお」を覚えればどんな絵本だって読める。だが英米の子供にはそれができないのである。例えば、「ラーフ(laugh)」とか、「サイコロジー(psychology)」とか「ニューモニア(pneumonia)」とか、例を挙げれば枚挙に暇が無い位であるが、この発音を聞いても子供達はスペルが想像出来ず、辞書ひとつ引く事が出来ないのである。
笑い話で、『“ghoti”と書いて何と読むか』、というのをお聞きになられた方も多いであろう。これはなんと、「フィッシュ」と読むのである。何故かと言うに、これはそれぞれ、“enough”の“gh”、“women”の“o”、“nation”の“ti”の発音を組み合わせたものだからだよ、とうのが答えなのであるが、こんな皮肉たっぷりな笑い話がある位、多言語混成型の英語というのは外国人にもご当地のお子さんにも評判悪いのである。
なので、アメリカの健康なお子さん達の失読症というのは別に病気ではなくて、単に分かり易く言葉を整理もしないでほったらかしにしといたWASPの大人達のせいなのである。ナイーブで純心な子供達は理屈の通らないへんてこ言語を前にして、自信喪失してしまっただけなのである。それこそ、“ghoti”的に言えば、“Ghack you!”なのである。

それから、これはとある方の解説文で知った事なのであるが、アメリカでは字幕入りの映画というのは受け入れられないのだそうである。もっと言えば、英語圏以外の映画がヒットすることはご当地アメリカでは極めて稀であって、外国でヒットした映画はわざわざアメリカ・バージョンとして英語版でリメイクされる事が多いのだそうである。ケビン・コスナー先生主役の大作、『ダンス・ウィズ・ウルブズ』が製作された時も、ネイティブ・アメリカンの言葉が多く出て来る為、已む無く字幕を付けざるを得なかったのだが、これが為にこの映画はヒットしないだろうと迄言われたのだそうである。(実際はそれでも大ヒットしたのであるが)
これはどういう訳かと言えば、単にアメリカ人がパスポートの取得率10%台の国際感覚に乏しい田舎者であり、独善主義者の集まりである事は今更言う迄も無いのだが、そもそも仮に英語の字幕で表示が出ても彼らだって“読み切れない”からなのである。一方日本語の場合は表意文字の漢字があるから拾い読みしたとしても大体の内容は把握可能だが、ご当地の国民の場合には、余程速読術でも身に付け、“ゲシュタルト読み”が出来るMBAクラスの読書人である以外はこの芸当は無理なのである。成る程、それで日本のカーナビは画面表示型なのに、アメリカでは音声型なのか、と全く関係の無い事にも合点が行ったむかでなのである。

最近の研究で、表音文字と表意文字の使う脳の部位は違っている事が分かって来たらしい。正確には「表音文字(アルファベット)圏と表意文字(漢字)圏では、文字が認識出来ない原因になっている脳の障害部位が異なっている」という事が証明されたらしいのである。
香港大学の神経科学者Li Hai Tan氏らの研究グループが、文字の読みとりの障害である失読症が、その人の所属する文字文化によって異なる脳の障害を意味しているかもしれない、ということをNature誌に発表しているので、ご興味のある方は是非読んでみて頂きたいのである。
そこでむかでが疑問に思った事は、日本人がアメリカに来て漢字を忘れてしまうという現象の裏返しで、アメリカ人が日本に来たら、アメリカ人もやはり英語を忘れてしまうのか、という事である。上記の研究結果からすれば、表音文字と表意文字の脳内の活動部位は違うという事だが、果たして脳内のどちらの部位の方が言語の記憶力や認識力の劣化が起こりやすいのか、という疑問も生まれて来るのである。もしかしたら、日本人はアメリカに来て漢字を忘れるスピードと、アメリカ人が日本で英語を忘れるスピードは大きく違うのだ、という事が分かったりしたら、ちょっとNature誌モノの特ダネなのである。又、日本人は漢字、ひらがな、カタカナ、アルファベットも含めて多くの文字セットを併用しているが、これ自身脳に対する負荷が大きいのでないか、言い換えれば我々はアメリカ人よりもよっぽど頭使って読み書きしているのではないか、という次の疑問も湧いて来る次第である。そこんとこ、どうかひとつ誰か研究して欲しいのである。
(上記原稿は原文にほぼ忠実ですが、紙面の構成上、一部削除して数回に分け、校正、編集したものを発行)
*原文はむかでのすきっぷ本舗/アメリカナイズ(19)へ*
http://www.geocities.jp/cybermukade/mukade0460.html
2006年8月25日号(vol.129)掲載
by tocotoco_ny | 2006-08-22 14:49 | ご無沙汰むかで
<< vol.127/最悪—13<黒... vol.56/世界平和はいつや... >>