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vol.07/無名の人々<aloe352>

■当事者と第三者
不動産の広告を見るのは楽しい。 わずか数行の文章と添付された写真とを照合して、 家や部屋の全体像を頭の中のスクリーンに映し出して行く過程は、妙に興奮する。つい、ベッドはここに、ソファはこの壁際になどと真剣に考えては、引っ越しするわけでもないのにと、苦笑する。

NYに来てからは、加えてその価格にも注目するようになった。あまりの不動産の高さに、もしかしたら私にも買えるかもなどとは微塵たりとも思わない。不動産売買は、自分にとっては完全に別世界の出来事だ。そうなると、余計に不動産広告を楽しめるようになったのだ。何事も、その渦中にいる人は大変だ。が、第三者は案外それを眺めて楽しんでいるものだ。不動産売買を渦中と呼ぶならば、私はその当事者では決してない。

家の近所に、お気に入りの不動産屋がある。ウィンドウには、きれいな写真の入った広告が整然と並べられ、更新もまめにされている。
その日もいつものように、立ち止まって広告を眺めていた。
あまりに集中し過ぎていたのか、一人のおじさんが横にいることに気付かなかった。気付いたのは、彼が急に呟いたからだ。
「たっけーなー。」
私はおじさんの方を振り返ってみたが、おじさんは顔を広告に向けたままである。独り言のようにも聞こえたが、とりあえず、高いですよねと、返事をしてみた。

それからまたしばらく、私たちはそれぞれ広告を眺めていた。すると今度は私が、べらぼうに高い部屋を一つ見つけ思わず声を出した。
「これなんか・・・」
おじさんがこちらを振り向く。
「すごく高いです。」
私の指差す広告を、おじさんは腰をかがめて覗き込む。広さと間取りと値段を、おじさんは繰り返し読み始めた。まるで間違い探しをしているかのようだ。
そしておじさんは、チッと舌打ちをして、「こんなんじゃ買えねえよなあ」と、改めて私を振り返り言った。「本当に買えないです」。買う気もない私だが、頷きながらそう答えた。

苦虫を噛み潰したような顔をして、おじさんは再びウィンドウに向かっている。前のめりに腕組みをするその姿は、まるで広告達に挑んでいるかのようだ。
おじさんは当事者だ。私は、同じ広告を眺める私とおじさんとの間に、温度差を感じた。
 ここに観葉植物を置いてバルコニーが広いから椅子は二脚必要かなと、幻想に近い想像を楽しんでいる私の横で、おじさんは、頭の中で月々の返済額はいくらだと電卓をはじいているのかもしれない。

おじさんはまだ何か言いたげだ。不動産高騰に対する文句をもっと共有したがっているようだ。しかしそれも、おじさんが、私を同じ渦中にいる当事者だと思い込んでのことだろう。私が実は冷やかしで広告を眺めているだなんて、おじさんからすれば失礼な話だ。私はその場を離れた。

十歩くらい歩いて振り返ると、おじさんはまだそこにいた。同じ姿勢、同じ表情である。
私はまだ第三者でいい。ただ傍観するだけで充分だ。そう思いながら、おじさんに幸あれと願うのだった。
(原文まま)
*掲載号では、誤字、脱字は校正し、編集したものを発行*
*同コラム作者のブログ「今日見た人、会った人」にもお立ち寄りください。
2007年11月16日号(vol.156)掲載
by tocotoco_ny | 2007-11-14 11:34 | 無名の人々
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