■ぼちぼちいこか
「知ってはりますか?くいだおれ、潰れるねんて」——。約2か月前、マサチューセツに住んでいる友人からの電話で事を知った。 大阪・道頓堀の名物店「くいだおれ」が7月8日夜、閉店し、約60年の歴史に幕を下ろした。代々浪花っ子の血を受け継ぐ「こいさん」ではあるが、私は、この「くいだおれ」に入ったことは1回もなく、多分、両親も同じく一度として足を踏み入れたことはないだろう。地元の人間というものは、得てしてそういうものなのかも知れない。 閉店を報じる各ニュースサイトから、ふいに興味が湧いて来て今日、生まれて初めて同店のホームページで店内を覗き見た。「ふ〜ん、中はこんな感じやったんかあ」と、勝手に描いていたイメージと随分異なっていたことにまず驚き「1回くらい行っといたらよかったなあ」とも思った。勝手に描いていた…、とは言ったが、幼い頃から数え切れないほど店の前を通ったものの、一向に入る気がしない店の1つであったことに変わりはない。昭和の記憶が確かであれば、道頓堀の「汚い、不味そう、安っぽい」という大衆食堂の代表格店であったような気がする。よって名物の人形もジロジロ見た事はなかったし「ピエロのチンドン屋」スタイルに眼鏡というアンバランスさに、子供ながらも「あほらし」とソッポを向いていた。 同じような感情の1つに通天閣がある。生粋の「ナニワな奴」として、この先生きてゆくのにも、一度くらいは、ちゃんと上って「ビリケンさん」にも触れておこうと思ったのはニューヨークで暮らし始めてからだった。もう10年近く前になるが、こっちに住み着いてから、初めて一時帰国した時、年老いた両親と連れだって、3人で生まれて初めて通天閣に上った。もちろん両親も初体験であった。最上階の展望台からみた大阪の街はどんよりくすんで、ここでも勝手に思い描いていたイメージとは丸っきり違っていた。ビリケンさんの足の裏をさすり、塔内にある喫茶コーナーで3人3様、感慨に耽りながら黙って食べたアイスクリームの味は、未だに忘れられない。 くいだおれ人形の吹き出しに「永いこと ありがとう おおきに」と書かれてある。この「おおきに」という言葉を、大阪ことば事典で調べてみると「大きに」の行訛(イの音がエの音に変わったもの)として【オォケニ】として出てくる。「おおけに」だと全然しっくり来ないのだが、元々は「おおけに はばかりさん」が略されたもので、略して使う場合は「に」に力を込めて発声するものらしい。もちろん意味は感謝の意で、注釈として「最小の感謝から最大の感謝まで通じるところに、大阪ことばの不思議な面白さがある」と書かれてある。「また、これでサンキュー、ノーサンキューの両方にも微妙に使い分ける」とも付け加えられている。 「おおきに」——。実にやさしいイイ響きである。この大阪弁をこよなく愛し、この言葉を自由自在に操れる自分が好きである。「おおきにぃ」という言葉を聴く度に、キー坊こと上田正樹と、オカマ風のジュンちゃんこと有山淳司の「おぉ、そこの君、おぉきにぃ〜」というフレーズが頭の中でこだまする。まるで掛け合いの漫才みたいなセリフに曲をのせたブルース。75年発売されたアルバム「ぼちぼちいこか」をすり切れるほど聴いていた頃は、まだ大阪には大衆文化がいっぱい残っていた。そういや、くいだおれの閉店に伴って、キー坊とジュンちゃんが店内でライブを行ったとネット配信で伝えられている。 そう、私はこれが言いたかったのかも知れない「ぼちぼちいこか」——。 2008年7月11日号(vol.170)掲載 Copyright © 2000-2008 tocotoco, S.Graphics all rights reserved.
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| 2008-07-11 11:45
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