■「当然、私が正しい!」恐るべし思い込み
「ニシコリ、ニシコリー!」。 今年のUSオープン(テニス)の大会6日目、3回戦で、全く予想外だった錦織圭(日本=写真)が第4シードのダビド・フェレール(スペイン)を倒して4回戦に進んだ。これは、オープン化以降日本史上初の4回戦進出となるらしく、日本のスポーツニュースなどのサイトでも騒がれていた。が、読んでみると、結構ウソの報道も多い。 日本でどう伝えられているのか分からないが、この試合も、全くテレビ画面には登場しなかった。プライムタイムに差し掛かる時間帯であったため、女子シングルスの試合が流されていて錦織の試合は途中経過を伝えるアナウンサーの声のみの放送であった。しかし、放送中の女子の試合で選手がケガによる手当を受けている間だけ、画面が違う試合へと映り変わる。相手がフェレールなので、ひょっとして……と、期待に胸を膨らませたが、映された画面は、他の男子シングルスの試合であった。 結局、テレビを横目にラップトップのコンピューターを手もとに置いて、USオープンのオフィシャルサイトで「ライブ・スコア表」で、数字が次々入れ替わるのを見守っていただけである。それでも、北京五輪の時より遥かに愛国心が湧いたことに変わりはない。15、30、40と、コンピューター画面に映し出される単なる数字に一喜一憂して「YES!」「がんばれ!ニシキオリ!」と声を出しガッツポーズを取りながら声援した。 テレビ画面から聴こえてくるアナウンサーが時々伝える、錦織の途中経過の声のみの放送……。「ニシコリ、ニシコリって、ったく!ニシキオリだろうーがっ」。そういやオフィシャルサイトの表示もニシコリ(NISHIKORI)となっている。「ったく!」と憤慨した。 「アメリカ人は本当にバカ。何でちゃんと調べないんだろう。奴らには、ホント愛がないんだよなあー」。そう、愛がナイ=「i」がないのである。 NISHIKORIではなくNISHIK「i」ORI。奴らバカだから、絶対、間違っている。そう信じて疑わなかった。 最後の5セット目、トータルで約10分くらいだろうか、やっと錦織の試合がテレビ画面に映し出された。苦戦しているものの、何だか視ていて負ける気がしない。相変わらずアナウンサーや解説者の「ニシコリ」連発にうんざりしながら、イチイチ「じゃねえーよ、ニシキオリだっつーの!バ〜カ」と突っ込みを入れ、試合が終わった。ニシコリが、あのフェレールを下して4回戦進出の切符を手に入れた。 「スゴイぞ!ニシキオリ。やったー!」と声に出して喜んだ。 若干18歳のスゴイ日本人選手が現れた。今後、私の中のテニス熱は益々過熱するだろう。勝利者インタビューで錦織が放った最後の言葉「I DON'T KNOW」に会場はドッと湧いたが、まあ、彼は今マイアミで暮らしているということだし、英語でのインタビューはこれからもっともっと上手く受け応えできるだろう。テニス選手は例外なしに、どこの国の選手でも、ちゃんと英語で受け答えができるよう指導されている。日本人メジャーリーガーも通訳に任せず、いい加減見習うべきだとつくづく思う。それにしてもだ。この「ニシコリ」が正解だったなんて……。夢にも思わなかった。 愛が無い(iがない)と思って疑わなかった。アメリカ人はバカだと中傷した。日本人の私の読み方に決して間違いは無い。そう信じて、断固、知ったかぶりを圧し通して声援していた。「私が当然正しい」。思い込み、概念とは何と恐ろしいモノだろう。「ニシコリ……」。思いもよらなかった。 大会7日目の4回戦、ニシコリは19歳のフアン・マルティン・デル=ポトロ(アルゼンチン=ATPランキング17位)に、あっさり3対0で負け、大会から姿を消した。もちろん試合は1分足りともテレビで放送されなかった。こんなもんだ。世界の壁は厚い。 今大会で感じたのは若い選手たちの猛烈な勢力だ。最強ナダル(スペイン=同1位)もまだ22歳だし、昨年、話題をさらったジョコビッチ(セルビア=同3位)も21歳である。しかしお馴染みではない面々が次々と現れ、しかも大抵はティーンエイジャーだ。彼らはアメリカンナイズされているのか、今どきのガイズなら、どこの国も同じなのかは分からないが、1球ごとのガッツポーズが、やけにリアルで好感が持てる。ゴルフしかり。もう過去の「紳士淑女のスポーツ」とは、かけ離れた力づくの試合展開がコートで炸裂する。大袈裟ながら清々しい——稀にみるエンターテイン・スポーツである。 2008年9月12日号(vol.174)掲載 Copyright © 2000-2008 tocotoco, S.Graphics all rights reserved.
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